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伝統行事をどう守る 変わる受け止め方

西銘 むつみ  解説委員

秋も深まり、収穫を祝う祭りなど各地で伝統行事が行われています。その一方で、これまでのやり方では存続が危ういという課題に直面している行事があります。コロナ禍を経て各地で行事が再開する中、さまざまな課題が見えてきました。

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【地域外からの苦情に苦慮】
Q:どんな課題があるのですか。

A:これまでも後継者がいないという課題はありましたが、関係者の努力で担い手が育っている例はいくつもあります。今回は、行事の当事者という枠ではおさまりきれない課題を各地の伝統行事で見ていきます。

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まずは沖縄県宮古島島尻地区の「パーントゥ」です。悪霊を追い払い無病息災をもたらすとされる神が10月の吉日に現れ、泥をなすりつけます。ユネスコの無形文化遺産に登録されています。2022年の去年、3年ぶりに再開され、2023年のことしも10月26日までの2日間行われました。自分から抱きついて泥を塗られる人たちもいますが、10年近く前、観光客などから泥を塗られたことへのクレームが来たりトラブルが起きたりしました。  

Q:過去には抗議されることもあったのですね。

A:地元の島尻自治会の宮良保会長によりますと、直近では6年程前に男性2人から「せっかく正装で来たのに泥を塗られた」と抗議されました。2人はいずれも集落の外から来た人だったということです。宮良さんたちは、パーントゥ1体につき1人か2人の付き添いをつけ、トラブルになりそうな人がいないかなど注意を払うよう工夫しました。
ここ数年は、苦情やトラブルなどの情報は入っていないということです。
宮良さんは「伝統文化を大切にしていきたい。ことしも無事に終わりほっとしています」と語っていました。

【伝統か?動物保護か?】

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伝統か動物保護かの議論が起きている行事もあります。手こぎの船で速さを競う「糸満ハーレー」は400年以上の歴史があり、競争の一部は市の指定民俗文化財になっています。この中で行われる「アル取り競争=アヒラートゥーエー」は、主催者などが東京のNPOに「動物虐待だ」として7月に刑事告発されました。

Q:NPOはどんな主張をしているのですか。

A:「アニマルライツセンター」の岡田千尋代表理事は、「アヒルを追い回して捕まえると骨折や窒息の可能性もある。伝統だとしても時代に合わせて改善すべきだ」と話しています。

Q:主催者のハーレー行事委員会はどのような対応をとったのでしょうか。

A:参加者には、水中でアヒルの首を捕まえないなど丁寧に扱うよう呼びかけているほか、捕まえたアヒルがけがをしないように、柔らかい素材のかごを配布していると説明しています。東恩納博委員長は「およそ50人いる委員の85%近くが賛成したことから、ことしも実施した。地元の人たちが楽しみに待っている行事なので大切に受け継いでいくのが使命だと感じている」と話し、続けていく意向を示しています。

【伝統行事が持つ意味】

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A:「アヒラートゥーエー」は、国立民族学博物館の君島久子名誉教授が、昭和40年代に調査・研究を行いました。起源は600年以上前にさかのぼり、その意味合いは▽水の神様へのいけにえやお礼▽潜る技術の鍛錬▽娯楽などがあるとしています。中国の福建省や浙江省などでも行われ、「一見余興かにみえたが、これがどうして、かなり重要な伝統的行事であり、かつ国際的な広がりを持っていた」と記しています。

【変革求められる伝統行事】

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伝統か動物保護かをめぐる議論は国内外で起きています。三重県桑名市の「上げ馬神事」は680年以上前から行われていて、ことし4年ぶりに再開されました。若者が馬に乗って急な坂を駆け上がり、頂上にある壁を乗り越えた回数で農作物の作柄などを占います。しかし、参加した馬の1頭が坂を駆け上がる途中で転倒し骨折。けがの回復が難しいことが確認され殺処分となりました。こちらも東京の動物保護団体などが警察に告発状を提出し、10月に受理されました。

Q:「上げ馬神事」について、地元の皆さんはどう対応しているのでしょうか。

A:改善に向けて動いています。神社と地元の代表が、馬が乗り越える壁を現在の半分程度に下げるなどの方針をまとめました。今後、専門家を招いて、年末までに具体的な内容を決めるとしています。海外に目を転じると、インドではヒンドゥー教の寺院の催しで、象が過度な調教などで死ぬケースがあるとして、本物の代わりにロボットが使われるようになってきています。

Q:住んでいる人たちにとっては変わらずに受け継がれてきた行事ですが、周りの受け止め方の変化に伴って、工夫や変革が求められているのですね。

A:観光の振興で人の行き来が盛んになっていますし、SNSの発達で映像を含めたさまざまな情報が世界中をかけめぐります。これまで「地域の中」だけで共有すればよかった考え方が、「地域の外」でも広く共有されることになりました。その結果、価値観の違いが浮き彫りなり、時にはぶつかってしまうという状況が生まれています。また、同じ地域にいても、「世代」によって行事の受け止め方に違いがあることを示している事例もあります。

【伝統行事を守るには】

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沖縄各地で受け継がれる伝統の踊り「エイサー」を披露する県内最大規模の催しに「沖縄全島エイサーまつり」があります。旧暦のお盆の時期には、エイサーを踊りながら通りを練り歩く「道ジュネー」が夜に行われ、各地でにぎわいます。
ところが、ある地域の「道ジュネー」に対して、地元の警察署に苦情が寄せられました。「あすから新学期で学校が始まるのにうるさい」「子どもが眠れない。なんとかしてほしい」といった内容です。先人たちが伝統を守ってきた一方で、若い世代の伝統行事への関わりや関心の薄さを表しているようにも感じます。
さらに、先人たちの努力を台なしにしかねない事態も起きています。「沖縄全島エイサーまつり」が終わったあと、酒を飲んで泥酔し、路上で寝てしまう人が続出したのです。中には車の往来がある片側2車線の国道の中央分離帯で寝ている人もいました。沖縄県警察本部によりますと、泥酔して路上で寝てしまういわゆる「路上寝」の通報は、祭りの3日間で40件ありました。この「路上寝」を含む「泥酔者がいる」という通報はあわせて51件にのぼっています。警察が巡回して見つけた泥酔者をあわせると「50件どころではない」ということです。沖縄県警では「路上寝の人がひかれるようなことがあれば、イベントの開催そのものが問われかねない。地域の人たちも異常な光景だと感じて通報したのではないか」としています。

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Q:伝統行事を続けていくためには、何が必要なのでしょうか。

A:行事が地域に根づいてきたのには、それ相応の理由がありますし、イベント化しているように見えていても由来があります。まず、担い手の人たちは、なにを守りなにを変えていくかをあらためて検討した上で、その意義を幅広く発信して理解を得る努力がこれまで以上に必要です。そして、見たり参加したりする側は、その意味合いをきちんと理解することが大切です。伝統行事は地域の多様性そのものです。価値観が多様化するいまだからこそ、続けていくための知恵を出し合うことが求められていると思います。


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西銘 むつみ  解説委員

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