10月9日の朝、伊豆諸島の鳥島近海で起きた地震で広い範囲で数十センチの津波が観測されました。地震自体はマグニチュードを計算できないほど小さなものだったのですが、津波はそれにくらべて規模がとても大きく「なぞの津波」といえるものでした。海底で何が起きたと考えられるのでしょうか。
【なぞの津波】
Q)9日の津波注意報、朝早く突然出たので驚きましたね。
A)
ふつう地震が起こると各地の震度、震源地、それに地震の規模を示すマグニチュードが発表され、その後、津波注意報や警報が出されますが、今回はいきなり注意報が出たので私も驚きました。
津波注意報が出たのは9日の午前6時40分。伊豆諸島と小笠原諸島に発表され、続いて関東や四国、九州などに広がりました。その後、八丈島では60センチの津波が観測され、小舟が流されている様子も捉えられました。関東から九州の沿岸でも数十センチの津波が観測されました。
Q)なぜ、いきなり津波注意報が出たのですか?
A)
津波注意報や警報の仕組みから説明します。
一般的な津波は、海底の地下で地震が起きて海底が押し上げられたり、下げられたりすることで発生します。地震波にはP波とS波などがあって津波より早く伝わるので、気象庁は地震波を観測・解析してマグニチュードを計算。その規模と場所から判断し、津波注意報や警報を発表します。
ところが9日の地震は地震波がほとんど観測されませんでした。
このためマグニチュードを計算することすらできず、津波が観測され始めてから注意報を出したのです。
鳥島近海では10月に入って地震が相次いでいて、上の図は5日の地震のとき八丈島で観測された地震波形です。はっきりした波が観測されていて計算でマグニチュード6.5の大きな地震であることがわかり、津波注意報が出されました。
そして最大で30センチの津波が観測されました。
一方、下の図は9日の地震で同じ場所で記録された波形です。ほとんど変化がありません。
この波形からは非常に小さな地震だったと推定されるのですが、60センチの津波が観測されたのです。
【考えられる原因】
Q)波形はほとんど変化がないのに、マグニチュード6.5の地震のときより大きな津波が起きたのは不思議です。どういう理由が考えられるのでしょうか?
A)
津波を引き起こした海底の地形変動は大きかったが、その割に大きな揺れを出さない、
特殊な現象が起きていたと見られます。3つくらいのケースが考えられます。
▼まず海底火山の噴火。噴火に伴って海面が持ち上がり津波が起こることがある。
ただ今回これまでのところ海面の変色など噴火の痕跡は確認されていません。
▼次に海底の地すべり。海底の急斜面が地すべりを起こし、津波を発生させるもので、大津波が起きたことがあります。
▼3つ目は噴火とは別の、海底火山の活動に伴って大きな隆起や陥没が起きて津波を引き起こすケース。
地上の火山で大規模な陥没が起きたときの映像です。2018年にハワイのキラウエア火山で山頂のカルデラが大規模に崩壊した様子が捉えられています。
崩落が左右に広がっていき1立方キロ近い巨大なくぼみができました。
Q)
こうした現象が海底火山で起これば津波が発生する可能性があるのですね。
【小さな揺れで大きな津波が起きるメカニズムの一例】
A)
そうです。
3つめのケースについては、今回の地震の場所とは別ですが、近くの海底火山で起きていたことが最新の研究で明らかになっています。
今回の震源地から北に200キロほど離れたところに須美寿カルデラという海底火山があります。
ここでは今回と同じように、地震の規模にくらべて大きな津波が1980年代からほぼ10年おきに、繰り返し起きてきました。
なぜこうしたことが起こるのか。
東京大学地震研究所の三反畑修助教は2015年の地震の揺れや津波の膨大な観測データを解析し、どのデータとも整合する地形変動のモデルをつくりました。
須美寿カルデラの下には水平方向に広がるマグマだまりがあり、その上にすり鉢型の地盤が乗っています。
地下からマグマが上昇して圧力が高まり、限界に達するとその片側が大きく跳ね上がり、地震と津波を引き起こします。
床にある「跳ね上げ戸」のような動きをすることから「トラップドア断層破壊」と呼ばれる現象です。
カルデラに沿ってリング状になっている断層が5メートル以上ずれたと推定され、カルデラの底全体が隆起することで大きな津波を引き起こします。
一方で地盤が回転するような特殊な動きによって地震波が相殺されて小さくなるため、大きな津波のわりに地震の規模は小さくなることがわかりました。
繰り返されてきた不思議な津波をよく説明できている理論として評価されていて、場所は違うものの、今回の津波のメカニズムを検討するうえでも参考になると考えられています。
三反畑さんは「この海域には多くの海底火山が南北に連なっている。
今回の津波は海底地滑りのほか、火山活動によって津波が引き起こされた可能性がある」と話しています。
【解明のてがかりは】
Q)今回の津波について、ほかに解明の手がかりはあるのでしょうか?
A)
注目されているのは「第3の波」。
最初に説明したように、地震波にはP波とS波があってこの波を解析して震源地やマグニチュードが割り出されます。これらの地震波は地中を伝わりますが、今回観測点では弱まっていて、ごくわずかな変化しかとらえられませんでした。
一方、第3の波は「T波」と呼ばれ、海中を伝わります。P波やS波より遅いが、弱まりにくく遠くまで伝わる性質があり、全国各地で観測されていました。
これは父島でのデータですが、少なくとも14回観測され、間隔がだんだん短くなって連続して発生したあと、ピタッと止まったことがわかっています。
どの時点で津波が起きたかはわかりませんが、そうした海底の地形変動があったことを示唆しています。
今回のような特殊な津波の場合、ふつうの津波のように早いタイミングで注意報・警報を出すのは難しいのですが、どういう場所で起こりやすいのかがわかれば防災対応を考えておくことができます。今後、データの解析や現場の海底調査によって海底で何が起きていたのかがどこまでわかるのか、注目されると思います。
地震調査委員会の平田直委員長は「揺れを感じなかったり、地震が観測されなかったりしても津波が発生することがあることを知っておいて、津波注意報が出たらすぐに海岸から離れるようにしてほしい」と話しています。
【まとめ】
おととしトンガの火山の大規模噴火で発生した「気圧波」が伝わって日本で津波が起きました。津波の起こり方にはさまざまケースがあることを踏まえて津波情報が出たら必ず防災行動をとることを確認したいと思います。
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