◆最近よく聞くグリーントランスフォーメーション(GX)とは?
このグリーントランスフォーメーション、略して“GX”という言葉は、実は日本の経済産業省が提唱し始めたもので、世界的にはほぼ通じない日本独自の用語です。
その意味するところは少しわかりにくいですが、今年通称「GX推進法」という法律ができ、その正式名は「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」と言います。つまりGXというのは、気候変動を止めるための脱炭素そのものが目的と言うより、 それをきっかけにした“経済成長のための構造転換”を意味すると言えます。
今年国会で2つの法律が成立し、それを推進する戦略も閣議決定されました。
また先日、経産省が「東京GXウィーク」と銘打って脱炭素関連の国際会議を集中開催し、アジアを中心におよそ40か国が参加しました。会期中には、日本が出す二酸化炭素をマレーシアに運んで地下に封じ込める初めてのプロジェクトに向け、同国の国営石油会社と協議を始める合意も交わされました。
そして、11日には東京証券取引所で、GXと深く関わる「カーボン・クレジット市場」が開設されました。これは、企業や自治体などが再生可能エネルギーの導入や植林などでCO2の排出を減らせた分を株式のように売買する新たな市場で、188の企業や自治体などが参加しています。排出量取引は既に各国で導入されていて、ようやく日本でも進み出したと言えます。
◆GXの全体像
脱炭素社会に向けてはガソリン車からEVへの転換のように様々な産業で転換が求められています。GXはそれを後押しするもので、司令塔は政府の「GX実行会議」です。
後押しする分野は再エネなどに限らず、“次世代型”と呼ばれる原子力の新技術やCO2を地下に封じ込める技術、さらに火力発電に混ぜて燃やせばCO2を減らせるという水素やアンモニアなど、多岐に渡ります。
これらに今後10年で官民合わせて150兆円以上の投資を呼び込む計画で、その呼び水として国が20兆円を支出予定です。財源としては「GX経済移行債」と呼ばれる国債を発行するほか、今後「成長指向型カーボンプライシング」と名付けた排出量取引などの制度も設けます。先ほどのカーボン・クレジット市場もそれに向けた一歩と言えます。
◆産業政策としての期待
経済界からはGXを評価する声があがっています。と言うのもこの仕組みは経済界の意向も踏まえたものだからです。去年4月、経団連が「グリーントランスフォーメーション(GX)に向けて」という提言を公表。内容は政府に司令塔機能を創設することや民間投資を促すため政府が十分な支出をすること、原子力の利用推進など、国の戦略にそのまま反映されたと見える部分も少なくありません。
そして今後20兆円の国の資金がどの分野に投入されるか熱い視線が注がれています。まず来年度の概算要求では、経済産業省などが1兆2千億円以上を盛り込んだほか、金額を明示しない「事項要求」も行っています。
◆気候変動対策としての課題
一方でGXは、気候変動対策としては課題があります。
まずそもそも「本当に脱炭素になるのか?」です。例えば「水素」の扱いが挙げられます。水素は燃やした時にCO2が出ないため、天候によって発電量が変わる再エネが余った時に水素を作って貯めておくことで調整できるとして世界的に期待されています。ただし、現状ではほとんどの水素が化石燃料から作られていて製造時にCO2が出るため、実は今の時点では脱炭素に役立っていません。
そこで世界各国は今、製造時もCO2が出ない再エネなどから水素を作るように変えていく国家戦略を相次いで打ち出していますが、日本の水素基本戦略では再エネ由来の水素へ転換する具体的な目標は示されていないのです。政府は水素のサプライチェーンの整備を優先するため、まずは化石燃料由来の水素でも量を増やすことが重要だとしていますが、これで脱炭素を進めているとは言えません。
次にアンモニアです。アンモニアも燃やした時CO2が出ないので、日本はアンモニアを石炭に混ぜて燃やすことでCO2を減らせるとして石炭火力を使い続ける方針ですが、 このアンモニアも現状は化石燃料から作られていて製造時にCO2が出ています。
ところが、この「アンモニア混焼」を推進する国内最大の火力発電会社・JERAは“CO2が出ない火”をキャッチフレーズにテレビCMなどを行っており、これに対し今月、環境NGOなどが「誤った印象を消費者に与える」として、日本広告審査機構に、JERAの広告中止を勧告するよう申し立てを行いました。JERAは、日本広告審査機構から確認などがあれば適切に対応したいとしています。
ただ、そもそもアンモニアを火力発電に混ぜただけではCO2はなくなりませんし、アンモニア混焼ができることを理由に石炭火力を使い続ければ、むしろ脱炭素社会の実現は遅れることにつながります。
◆気候変動対策として求められる時期に間に合うか?
気温の上昇を産業革命前から1.5℃に抑えるには、世界のCO2排出量を2030年までにほぼ半減させるペースが必要で、2030年までが“勝負の十年”だとされます。今年のG7サミットでは岸田総理も「2030年までの勝負の10年に、急速かつ大幅で即時の温室効果ガス排出削減を実施しなければならない」と発言しています。
しかし、GXでは、化石燃料の削減に向け輸入事業者などに賦課金を課すのは2028年度から。排出量取引で発電事業者に有償の排出枠を割り当て負担を求めるのは2033年度からと、2030年までの実効性は望み薄です。これではスピード感に欠けると言わざるを得ません。
◆家計への負担は?
GXの財源となる税金や国債は、結局将来世代も含めた私たち国民の負担にならないか?またウクライナ侵攻で燃料価格が高騰する中、化石燃料から再エネへの転換を加速することも固定価格買取制度を通じ電気代にさらに上乗せされるなど負担が増えないか?といった懸念もあります。
しかもこうした中、国が再エネ大量導入の柱としている洋上風力発電をめぐっては、国会議員が賄賂を受け取った疑いで起訴される事件も起きていますから、GXに投入される巨額の国費には徹底した透明性が求められます。
一方で国連のグテーレス事務総長が“地球沸騰の時代”だと警鐘を鳴らすように、今年は観測史上も最も暑い夏になり、気候変動が影響したとされる水害や山火事も世界で相次ぎました。気候変動対策はもはや私たちの命を守るためにも先送りできません。
各家庭でも既に節電なども心がけていると思いますが、この先の対策を考えると、国は産業界だけでなく家計の負担を増やさず転換が加速するような、大胆な施策が必要だと思います。
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