高齢者の5人に1人がなると言われる「認知症」。
予防や早期発見を、AIなどを使って進めていこうという研究が進んでいます。
その最前線を、牛田正史解説委員がお伝えします。
【治療薬以外でも研究が進む】
認知症や認知機能をめぐっては、最近、新しい治療薬の開発が話題になりましたが、薬による治療以外にも、様々な角度から研究が進んできています。
中でも、認知機能の低下を出来るだけ防ぐ「予防」と、その兆候を早めに掴む「早期発見」の研究が進んできています。今回は、将来の実用化を目指した研究をお伝えします。
【口を動かしながら頭を働かせる!】
まずは、認知機能の低下を防ぐ「予防」。
それを目指した「脳の健康トレーニング」をご紹介します。
2年後の実用化を目指して、NTTドコモと、東北大学の大学院歯学研究科と加齢医学研究所が共同で研究しています。
スマートフォンやタブレットを使い、画面の指示に従って舌を動かしたり、発音しながら計算を解いたりします。
研究を行っている東北大学病院咬合回復科の依田信裕講師によりますと、「口やその周りの運動を行って、頭を働かせると、脳の血流量がより多くなる」と考えられているそうです。
つまり、単に頭を使うよりも、口の運動も同時に行った方が、認知機能の維持や増進に、より効果があると期待されています。もちろん口腔機能の向上にも繋がります。
AIは何をしているのかというと、舌がきちんと指示通り動いているか、または適切に発音できているかチェックしています。
また、その人に最適な難易度を分析し、どんなトレーニングから始めたら良いかなどを考える機能も、今後、研究が進められる予定です。
アプリはまだ開発中ですが、それが無くても、トレーニングは2人1組で行うことも可能ですので、是非、試してみてもらえればと思います。
【会話での“質問”が重要!】
そしてもう1つ。認知機能の維持に大切なのが「会話」です。
これをご存じの方も多いと思いますが、実はその会話にも、より効果的な進め方があると考えられています。
理化学研究所が、その効果的な会話を引き出す「AIロボット」の開発を進めています。
名前は「ぼのちゃん」です。
ぼのちゃんが進めるのは「共想法」と呼ばれる、認知機能を維持するための会話手法です。
1枚の写真を基に会話を進めるなどの形で行われますが、重要なポイントは、話を聞いて「質問をする」ことです。
会話が弾むような「質問」を、みなで出し合っていくことが求められます。
ぼのちゃんは、その仕切り役を務めていて、グループの中に質問があまり出てこない人がいると、その人を指名して発言を促していきます。
全員の会話をAIが分析し、特定の人に偏っていないかチェックしているんです。
また、1人の話が長くなると、途中で割って入ります。
でも、なぜ質問することが、認知症の予防に繋がるのか?
それは、質問するという行為が、相手の話を理解し何を尋ねるか考える、つまり、思考や判断が、より求められるからです。
理化学研究所革新知能統合研究センターの大武美保子チームリーダーは、「単に自分の言いたいことだけしゃべるのではなく、相手の話をよく聞いて、話したいことは何かを想像し、質問する。その方が、認知機能により良い効果をもたらすと考えられる」と指摘しています。
例えば、相手が料理の話をしている時、その人はお酒が好きなことに思いを巡らせて、「その料理はどんなお酒が会いますか?」と質問し、会話が弾んでいく。
このように「共想法」とは、まさに相手と“想い”を“共にして”会話を進める手法です。
ぼのちゃんを使った共想法はオンラインでも実施されているほか、将来的には、地域の施設やカフェ、それに自宅などで活用してもらうことを目指しているそうです。
皆さんも、ついつい自分の好きな話を一方的にしてしまうことがあると思います。
相手の話をよく聞いて、話が弾む質問をすることが、実は自分の認知機能にも良い影響を与えるという点を、是非、知っておいてもらいたいと思います。
【AIで認知症の早期発見を支援】
ここまで、認知機能の低下を出来るだけ防ぐ「予防」の研究をお伝えしましたが、もう1つ、認知症の兆候をいち早くつかむ「早期発見」に向けた研究も進められています。
その1つをご紹介します。
慶応大学医学部・岸本泰士郎特任教授とAI開発会社・FRONTEOが共同で進める研究で、会話の内容をAIが解析し、認知症の可能性を判定していくというものです。
医療現場での活用が想定されていて、まず医師などと患者が、5分から10分程度の通常の会話をします。
そのデータをAIに読み込ませ、話の内容や言葉の使い方などから判定します。
なぜ会話の内容から、認知症の可能性が分かるのか?
AIは、あらかじめ認知症の人と、そうでない人の会話を数多く学習し、その傾向を掴んでいます。
認知症の人の会話には、「場所や時間が曖昧になる」、あるいは「助詞、いわゆる“てにをは”が抜けやすい」などの特徴があり、それをAIが捉えていると見られます。
実用化を目指している段階ですが、これまでの研究では、認知症の人の88%、認知症でない人の92%を、正しく判定できたそうです。
【日常で実践できることを!】
このように様々な研究が進んでいるわけですが、認知症の予防や早期発見は、AIがすべてやってくれるわけではありません。あくまで支援です。
私たちが日常の生活で基本的な取り組みを実践することも重要です。
まず「予防」では、日々の運動や、対人ゲームなどの知的活動、それに人と接する機会を増やす社会参加などが、重要とされています。
また、早期発見では、認知症の兆候があるかもと感じた場合、早めに地域包括支援センターや自治体などの窓口に相談してみる。
あるいは、かかりつけ医やもの忘れ外来などを受診することも大切になります。
予防も早期発見も、とにかく早めの対処が大切です。
認知症の研究がさらに進んでいくことが期待されますが、私たち自身も早い時期から意識を高めて、出来ることを行っていく、これが重要になります。
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