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どうなる地方鉄道 鉄路存続に向け牟岐線の「四国モデル」とは

楠谷 遼  解説委員

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単線の鉄路をコトコト走る1両のディーゼル車。海岸沿いや山の中、そして、田んぼの中など、日本中のあちこちにあるローカル線でみられる風景です。利用が極めて少ない地方ローカル線を今後どうしていくのか。本格的な議論がいま始まろうとしています。

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四国の南西部、愛媛県と高知県を結ぶ予土線。車窓から見える四万十川が美しく、観光路線としても人気がありますが、ふだんの利用客はごくわずかです。私が去年夏に乗りに行ったときには、自分以外に客が誰も乗っていない区間さえありました。

【ローカル線の今後を協議 改正法とは】

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こうした日本各地の赤字ローカル線などの今後を考える法律が10月に施行されました。沿線自治体または鉄道事業者の要請に基づいて、地域交通のあり方を議論する「再構築協議会」という会議体を国が設置できることが大きな柱です。

ここでは「廃止ありき」あるいは「存続ありき」といった前提はおかずに、▼ローカル線の利用促進や▼バス転換の是非を調べる実証実験を行うなどして、地域の実情に沿った公共交通のあり方を検討する場になります。

これまでも話し合いの場はありましたが、路線を廃止するか否かばかりが論点になりがちで、なかなか議論が進まないケースが少なくありませんでした。
新たな制度では、国の関与を強めた上で、廃止か否かだけでなく、鉄道を維持するためにどうすればいいかという論点も含め、議論が加速する可能性があります。

【再構築協議 対象路線は?】
再構築協議会の対象となる路線は、1キロメートルあたり1日平均で何人の乗客を運んだかを示す「輸送密度」と呼ばれる指標がポイントになります。国土交通省は協議会の設置にあたって輸送密度が1000人未満の区間を優先するとしています。

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こうした路線は全国で62路線あり(コロナ禍前の2019年度)、このうち四国では3路線が該当します。例えば、予土線の輸送密度は301人と、1000人を大きく下回っています。

【なぜいま ローカル線を議論?】

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では、なぜいま、ローカル線のあり方を考えようという動きが強まってきたのでしょうか。きっかけは新型コロナです。

コロナ前までは、赤字ローカル線も都市部の黒字路線の利益などで補うことでなんとか持ちこたえてきましたが、新型コロナで鉄道事業者が軒並み大幅な赤字になり、そうしたやり方が難しくなりました。

本来はもっと前から考える必要がありながら先送りされてきた「ローカル線の今後」という課題に対し、コロナ禍をきっかけに目を向けざるを得なくなったのだといえます。

【自治体は警戒感 議論進むか不透明】

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新制度開始直後の10月3日、早速新たな動きがありました。広島県と岡山県を結ぶ山あいにある芸備線について、JR西日本が再構築協議会の設置を国に要請したのです。

ただ、こうした動きが他の路線にも広がるかというと、そう一筋縄ではいかなさそうです。沿線の自治体の中には「結局は廃止に向けた議論が進められるのでは」との警戒心をもつところが少なくなく、申請に踏み切るのはそう簡単なことではありません。

路線を残したい自治体と、廃止や存続の前提をおかずに議論をしたい鉄道事業者との間に、考え方のずれが生じがちなのはしかたがないこともしれません。

ただ、存廃を議論せざるを得なくなるほど追い込まれる前に、路線を残すためにもっとできることはないかという視点で、鉄道事業者と自治体が真正面から話しあうことこそが必要だと思います。

【路線維持に向け バスと連携 “四国モデル“】
四国ではこれまでに実際にヒントになりそうな試みが行われてきました。そのひとつが、鉄道の利便性を維持するために、並行するバスと連携するという取り組みです。

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こちらは徳島県南部を走る牟岐線です。途中の阿南駅止まりの列車は比較的本数がありますが、そこから南は利用者が少ないため本数を減らしていて、終点に向かうには乗り換えで何時間も待たないといけないなど利便性の低下が懸念されていました。

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そこで、目をつけたのが、並行する道路を走るバスです。乗り継ぎの鉄道がない時間帯には、バスに乗り継いでもらおうというのです。
このサービスの開始当初は鉄道とバスでそれぞれ初乗り運賃がかかって割高になってしまうという課題がありましたが、去年4月からは鉄道の運賃で、つまり鉄道の切符や定期券を見せればバスに乗り継ぐことができるようになりました。

並行して走る鉄道とバスは、本来はライバルと位置づけられ、両社が運賃やダイヤを調整することは独占禁止法に抵触するおそれがありますが、特例法に基づく認可を受けたためこうしたサービスが可能になりました。

【鉄道きっぷでバスに 牟岐線に乗ってみた】

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ことし9月、実際に牟岐線に乗ってきました。そこでは、鉄道とバスを一体のものとして捉えたさまざまな工夫が行われていました。

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まず、乗り継ぎ駅の阿南駅の到着前にはこんなアナウンスが流れます。

車掌「この列車では終点阿南から高速バスへのお乗り換えができます。次のお乗り換えの列車よりも早く到着します」

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こちらは、乗り継ぎ駅の阿南駅の案内表示です。バスの便が鉄道の便と並んで表示されていました。他の路線ではなかなか見られない表示です。

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駅に掲げられている時刻表も鉄道とバスが一緒に表示されています。
例えば、鉄道だけで乗り継ごうとすると、12時21分の便の次は14時21分で2時間も待たないといけませんが、バスがその間に来るので、それに乗れば早く終点につけることがすぐにわかります。

【“負のスパイラル”食い止めろ】
ローカル線が廃止せざるを得ない状況まで追い込まれるのは、利用が少ないため本数を減らし、その結果、利便性が落ちてますます利用が減るという負のスパイラルに陥るケースが少なくありません。この取り組みは、バスと組むことで利便性の低下を食い止め、その結果、路線の存続にもつなげることが狙いなのです。

昨年度の利用者は前の年度の3倍以上、コロナ前の2019年度と比べても2倍以上に増えたということで、一定の成果も出ています。
予土線でもことし7月から実証実験が始まっていて、効果を検証しています。JR四国とバス会社はこれを「四国モデル」として全国に伝えていきたいとしています。

【地域が主体的に 公共交通の議論を】
利便性だけで考えると確かに鉄道を廃止してバスが担ったほうが便利になるケースも少なくありませんが、鉄道には生活の手段としての役割だけでなく、古くからある地域のシンボルとしての意味合いもありますし、観光の呼び物となる可能性も秘めています。安易に廃止してバス転換するのではなく、存続のためにできることがないか地域で知恵を絞る必要があると思います。

その地域で最もよい公共交通が鉄道なのか、バスなのか、あるいはその組み合わせなのかなどを決めるのは外部の人間ではなく、地域に住む人たち自身です。一方、その地域で鉄道がベストだという選択をしようとすれば、そのための費用を誰が負担するのかという論点は避けられません。負担を考慮しても残す価値は何なのか。新制度のスタートを機に地域の人たち自身が自分ごととして考えていくべき時なのではないでしょうか。


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