消費者団体が消費者に代わって、被害のお金を取り戻してくれる裁判制度が始まって7年。課題も見えてきたことから、制度を強化する新たなしくみが今月、スタートしました。今井解説委員。
【消費者団体が被害のお金を取り戻してくれる制度。改めて、どのような制度でしょうか?】
消費者被害。例えば、悪質商法の被害や、ウソの表示を信じて買った、約束されたサービスが提供されない、といった被害にあった場合、被害の額が数千円とか、数万円程度だと、裁判を起こす費用の方が高く、泣き寝入りする人が圧倒的に多くいます。事業者にとっては「やり得」で、例え、摘発されたり、行政処分されたりしても、それで被害者にお金が返ってくるわけではありません。そこで
▼ 同じ手口で、数十人以上の被害者が出ているなど、一定の条件を満たした被害について
▼ 国から特別な認定を受けた消費者団体が、被害者に代わって裁判をおこし、
▼ 勝訴が確定した後、つまり「事業者は被害者に被害のお金を返す義務がある」という判決が確定した後、被害者が、簡単な手続きでお金を取り戻すことができる制度が2016年10月にスタートしました。東京で消費者機構日本、大阪で消費者支援機構関西。さらに、埼玉と北海道。あわせて4つの消費者団体が国から認定を受けて、成果がでている一方、課題も見えてきました。
【どんな成果がでているのですか?】
これまでに起こされた裁判。少ないという指摘もありますが、例えば、女性や浪人生を差別していた大学の不正入試問題や違法な高金利で貸し付けが行われていた、さらに、暗号資産に関するDVDの不当な勧誘が行われていた、といった7つの事例で裁判が起こされ、このうち2つの不正入試問題と違法な高金利の裁判で消費者側の勝訴の判決が確定しました。そして、確定後に、消費者団体が、ホームページで、あるいは、事業者が持っている名簿などをもとに個別に、被害者におカネが戻ってくる可能性があることを周知、連絡し、名乗りをあげた被害者、例えば、東京医科大学のケースでは、559人に、ひとりおよそ4万円から22万円の受験料など。そして、違法な高金利のケースでは、23人に、被害額の一部でしたが、ひとりおよそ1万円から40万円が返金されました。
【裁判で勝ちが確定した後に、手をあげるしくみなのですね】
はい。なので、泣き寝入りしていた人も、簡単な手続きで、おかねを取り戻せる可能性が高い。いちから弁護士を探して、裁判を起こすより、費用。そして、精神的、時間的な負担が軽くてすみます。東京医科大学のケースでは、この制度がなければ、お金を取り戻す行動を起こさなかったと答えた人が90%に達しました。
【ありがたい制度ですね】
成果は、これだけではありません。例えば、
▼ 運動や食事制限もしないで、飲むだけでやせられるかのように宣伝していた健康食品
▼ 買い物をした代金を、後でまとめて払うことができるスマホ決済のサービスで、清算の期限を過ぎてしまった場合の事務手数料が高すぎる。といった問題で消費者団体が、消費者契約法などの法律に違反している疑いがあるとして、事業者に申し入れをした。その段階で、裁判になる前に、事業者が自主的に、消費者にお金を返す事例も出てきています。応じなければ裁判に訴える権限を持っていることから、事業者も真剣に向き合わざるを得ないわけです。
【これも、この制度の成果ですね。一方で、課題も見えてきたということですが、どのような課題ですか?】
先ほども指摘しましたが、当初、期待されていたほど、裁判が増えていない。という点です。
【なぜなのですか?】
消費者団体の負担が重すぎるという指摘があがっています。
▼ というのも、消費者団体は、勝訴が確定した後、被害にあった人に通知や周知をしたり、返金の手続きをしたりします。対象人数が多いと1年以上かかるケースもあり、資金や人の余裕がない中、事務に追われて、次の裁判に向けた作業に取り組めないと言います。
▼ また、消費者団体は、裁判に勝って、初めて、一定の手数料や費用を得ることができます。例えば、申し入れの段階で事業者が自主的に返金した場合。消費者にとっては、ありがたいのですが、消費者団体に、収入は入ってきません。次の裁判を起こさないと、収入も増えていきません。
▼ そして、こうした事務や資金的な負担の重さから、認定団体になるのをあきらめている消費者団体も多いといいます。
【だから、裁判が増えないというのは問題ですね】
このため、制度を強化するしくみが、今月、スタートしました。
まずは、消費者団体の事務負担を減らすために、新たに「支援法人」という制度をつくります。これまでに消費者団体を資金面や情報面から支援してきた実績のあるNPO法人などから国が認定します。
【何をするのですか?】
消費者団体から委託を受け、被害者に、お金が戻ってくる可能性があることを通知したり、ホームページやチラシなどで周知したり、返金の事務を行ったりします。消費者団体は、こうした事務を任せることで、早く次の裁判に取り組むことができるようになります。
【消費者団体を支えていこうというのですね】
この支援法人には、これまで、広く一般の人や企業から寄付を募って、消費者団体を助成する活動をしてきた東京の「消費者スマイル基金」というNPO法人が、近く、申請する予定です。国から認定が得られると、事務や資金面で消費者団体を支えるとともに、それぞれの消費者団体のノウハウを互いに共有する。さらに、消費者庁と連携しながら、消費者から被害情報を統一して受付け共有したり、全国でどのような訴訟が起きているか消費者に知らせるたりする。消費者との窓口としての役割も期待されています。負担が減れば、認定を申請する消費者団体が増えることも期待できます。
【せっかくのしくみですから、裁判が増えて、被害のお金を取り戻せる人が増えるといいですね】
はい。加えて、今回、消費者からみて、直接、メリットが感じられる制度の強化もあります。2点。ひとつは、柔軟に和解できるしくみがつくられ、これまでより早期に被害のお金が戻ってくる可能性がでてきたという点。
もうひとつは、これは、10月1日以降の契約や被害が対象ですが、これまで認められていなかった、精神的な苦痛への慰謝料について、例えば、不正入試のように、1回の受験当たりいくらといった画一的に算定することが考えられる場合は、返金に加え、請求の対象にすることが認められました。
【被害にあって、お金を取り戻したいという方は、どうしたらいいのでしょうか】
まずは、近くの消費生活センターに相談してください。直接電話をするか、全国共通で188の番号から、身近なセンターにつながるしくみになっています。お金を取り戻すための助言をしてくれたり、事業者にあっせんしたりしてくれます。
そして、それでもお金を取り戻せない場合。返金を求める訴訟ができる認定を受けた、4つの特定適格消費者団体のいずれかに情報を提供していただきたいと思います。消費生活センターに相談しても、直接、認定を受けた団体に情報が行くしくみはないのです。改めて情報の提供をすることで、事業者への申し入れや裁判につながり、お金が戻ってくる可能性もでてきます。
今回の制度強化で、消費者団体の活動がより活発になり、被害の回復。そして、被害の抑止にもつながっていくことを期待したいと思います。
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