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外来種 被害は年60兆円以上!食料安全保障や山火事も ヒアリにワカメも!?

土屋 敏之  解説委員

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◆ヒアリなど外来種の被害が世界で年間60兆円を超えるとの報告書が発表された

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報告をまとめたのは、2012年に国連総会の決議を元に設立されたIPBESという政府間組織です。世界140か国以上が加盟し、生物多様性に関する科学的な情報をとりまとめて国際交渉や各国の政策に役立てています。今回の報告書は、世界の1万3千もの科学論文などを元に今月まとめられました。主な内容は、人間活動に伴ってそれまでいなかった地域に侵入した外来種が今や3万7千種以上にのぼり、毎年200種増えている。そしてその被害額は10年ごとに4倍というペースで急増しており、2019年には年間4.230億ドル(日本円で約60兆円)以上としています。

◆外来種がもたらす被害

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外来種がもたらす被害には色々ありますが、例えば熱帯性の蚊が感染症を広げるなど人の健康への被害があります。ヒアリも人を刺すことで健康被害を生じますが、他にもアメリカでは家畜への被害や電気の配線をかじるなど、あわせて経済損失が年間7千億円以上とも見積もられています。また外来種は、定着した国に元々いた生き物を駆逐したり時には絶滅させてしまうこともあって、生態系をこわし生物多様性を損ないます。その土地に元々いた生き物は農業・漁業など食料の供給面で重要な場合も多いですし、植物や微生物から薬の原料が得られることも多いので、こうした在来種が減ると食料安全保障や薬の確保にも悪影響があります。
さらに外来種は、山火事など災害を悪化させる要因にもなります。先日ハワイのマウイ島で大規模な山火事がありました。原因は複合的だと考えられますが、そのひとつとして現地では近年、牧草として持ち込まれたアフリカ原産の燃えやすい外来種の草がはびこっていて、これが火事を拡大する一因になったとも指摘されています。

◆世界の侵略的外来種

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国際自然保護連合が「侵略的外来種ワースト100」に挙げている動植物のいくつかを元々の原産国のあたりに示しています。ヒアリは南米原産ですが、2000年以降アジア太平洋地域に急激に拡散しています。オーストラリアなどが原産のミナミオオガシラ(ブラウンツリースネーク)という大型のヘビは日本にもペットとして輸入されていましたが、グアムでは固有種の鳥類を絶滅させるなど生態系に壊滅的な打撃を与えたとされます。
ヤギやワカメといった身近な生き物もこの「ワースト100」に入っています。ヤギは家畜として役立っている一方で、元々いなかった太平洋の島などに導入され野生化したヤギが、希少な植物を食い荒らしたり、それによって土壌が露出して土砂崩れにつながるリスクもあるとして、地域によっては深刻な外来種となっています。そして、ワカメも近年アメリカやオセアニアに広がり、現地の水産資源を脅かすものとして漁業者などを悩ませています。ニュージーランドでは、ムール貝の養殖用のロープにワカメが繁殖して養殖に悪影響が出たり、サケの養殖場で網にびっしり生えたワカメが海水の流れを遮ることでサケの稚魚が酸欠で死んだりすることもあると言います。

◆外来種被害が増加している理由

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基本的に“外来種”は人間によって生き物が海を越えて運ばれることなどで生じます。
まず人が意図的に持ち込んだケース。食用の魚介類や、害虫駆除を目的にしていたオオヒキガエルなど、人が持ち込んだものが逃げ出したりして野外で繁殖したケース。これに対し意図せず人が運んでしまうケースも多く、例えばヒアリはコンテナ貨物に紛れて日本にも入ってきますし、ワカメは貨物船が荷を下ろした後、船を安定させるために代わりに積む海水=「バラスト水」に入り込んで運ばれたとされます。
近年外来種が急増しているのは、まず経済活動のグローバル化で人や物の行き来が急増したことがありますが、さらに開発による環境悪化や気候変動などで元々そこにいた生き物が住みにくい環境になってきたなど、様々な要因があるとされています。
こうして他の地域に持ち込まれて、そこには天敵が少なかったりすると繁殖・拡散して、さらにそれが悪い影響を及ぼすと「侵略的外来種」と呼ばれるようになるわけです。

◆侵略的外来種の対策は?

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IPBESの報告書は、まず侵入の予防や侵入したら早期の対策が特に重要だとしています。そして、対策のコストは外来種の被害額の1割にも満たないとして、各国に対策を強化する必要性を示しています。一方で、現状では外来種を防ぐため法律などの規制を設けている国は17%に過ぎず、途上国では水際対策なども十分行えないところも多いとされます。

◆日本の状況

日本では今年、「外来生物法」が改正され対策が強化されました。
水際対策としては、ヒアリの仲間を「要緊急対処特定外来生物」に指定し、ヒアリがいる疑いのある貨物は、港などで税関を通過した後でも倉庫やトラックなどへの国の立ち入り検査が可能になったほか、疑わしいアリが見つかったらヒアリかどうか専門家が調べる間も貨物の移動を止められるようになりました。
一方、アメリカザリガニとアカミミガメ(ミドリガメ)は既に日本に定着してしまい、在来種を駆逐するなど生態系に打撃を与えています。これらは全国で数百万匹も飼育されているため飼育自体は禁止しませんが、6月から販売や野外に放すことなどが禁止されました。

◆こうした対策で外来種の被害は食い止められるか?

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容易なことではありませんが、去年世界各国が合意した生物多様性の新たな国際目標でも、 「2030年までに侵略的な外来種の定着を半減させる」ことなどが掲げられています。
IPBESの報告書の執筆責任者のひとりでもある北海道大学の池田透教授は、今からでも侵略的外来種の発生や被害を止めることは可能だが、そのためには各国政府に加え、企業や地域社会、そして市民ひとりひとりも当事者意識を持って取り組む必要があると指摘します。
私たち市民にもできることとしては、まず基本的なことですが、ペットを飼うなら捨てたりせず最後まで責任を持って飼うこと。今やネットを通じて珍しい生き物の取り引きが行われるケースも多いですが、違法な場合もあります。また旅行に行った際に動植物を持ち帰らないこと。そして、これからアウトドアにもよい季節になりますが、地域の自然観察や保全活動への参加なども含め、まず多くの人が身近な自然やその地域ならではの生き物に関心を持つことが、大切な一歩にもなると思います。


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土屋 敏之  解説委員

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