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水田のメタンを減らせ J-クレジット活用のサービス広がる

佐藤 庸介  解説委員

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9月に入り、全国各地から稲刈りや新米の出荷のニュースが聞こえる時期になりました。
そのコメが作られるのは、水田です。その水田が地球温暖化の原因となる、温室効果ガスのメタンをたくさん出していることが課題となっています。
そこでいま、排出を抑えるための工夫が注目されています。

【水田から出るメタンはどのくらい?】
メタンが問題となるのは、その温室効果の大きさです。
二酸化炭素に比べて25倍に上るということで、いかにメタンを抑えるかは温暖化対策のポイントの1つと言えます。

それでは水田から出るメタンの量は、どのくらいなのでしょうか。
日本で排出されているメタンの量は、2020年度、二酸化炭素に換算して2840万トンでした。日本の温室効果ガス全体の2.5%ではありますが、メタンを減らせば二酸化炭素の25倍の削減効果が出るわけですから、削減は大事です。

メタンの排出源は、廃棄物の埋め立てやエネルギー利用もあるのですが、80%近くが農業です。そのうち、27%は牛のげっぷ。これに対して稲作、つまり水田から出るメタンはもっと多くて42%に上ります。

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【なぜ水田からメタンが出る?】
水田からメタンが出る仕組みです。

土の中には、炭素を含む有機物が入っています。メタンをつくる菌、「メタン生成菌」もいます。酸素がある状態だと、菌はあまり働かず、発生は限られます。

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ですが、田んぼには、基本的に水が張ってあり、酸素が乏しい状態です。そうなるとメタンをつくる菌は活発に働きます。有機物に由来するたくさんのメタンができ、空気中に放出されることになります。

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【実際に「中干し」をしている現場は】
メタンの放出を防ぐため、いま、注目されているのが、「中干し(なかぼし)」という方法です。

どんな方法かを知るために、コメづくりが盛んな福井県大野市に向かいました。

訪れたのは8月の上旬。青々とした稲に穂が出たころでした。

田んぼを見てみると、普段なら張っているはずの水がありませんでした。ちょうど、中干しの最中でした。

コメ農家の旭政一さんは「普段だと5センチから10センチの水位を常に保っている。でも、今だと水は完全にひいちゃって、カラカラの状態ですね」と説明しました。

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【難しさもある中干し】
この中干しは、従来から行われてきました。

稲は、枝分かれが進む時期にずっと水が張ってあると分かれすぎてしまいます。1つ1つの穂に養分が行き渡らなくなり、実りが悪くなる恐れがあります。それを抑えるために一般的には6月から7月にかけて1週間くらい、水を抜いて田んぼを乾かします。

温室効果ガスを減らす重要性が高まる中、中干しはコメの栽培に良いだけでなく、結果的にメタンを減らす効果もあることが注目されました。

中干しの期間を長くすれば、メタンの発生が減るということになります。

国の研究機関「農研機構」などの調査では、中干しを従来の1週間程度からもう1週間延ばし、2週間ほど続けると、延長する前に比べてメタンの発生が30%ほど減るということが分かっています。

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だったら、みんな延ばせばいいのではと思うかもしれません。ところが問題があるんです。

あまり延ばしすぎると今度は根が傷んでしまって、水や栄養が吸えなくなり、コメの収穫量が少し減るほか、品質が悪くなるリスクがあります。

【中干し促す新たな工夫】
そこで生産の技術とはまったく違うかたちで、メタンの排出を抑えようという工夫が考えられています。それが「J-クレジット」という制度の活用です。

J-クレジット制度では、中小企業や地方自治体、それに農家などが温室効果ガスを削減したときに、その削減した分を国が「クレジット」として売り買いできるようになります。つまり、削減した分だけクレジットを売って、「お金を得られる」ということです。

買う側は主に大企業です。実際に温室効果ガスの排出量を削減しなくても、資金を出して負担すれば、その分、減らしたとみなされ、環境に配慮しているとアピールすることができます。

ことし3月に「中干しを1週間以上延長する」という方法が、J-クレジット制度で認められました。クレジットを販売することで一定の収益を得て、仮に収穫量が減ってもその分を補うことができれば、もっと中干しの延長が広がるのではないかと期待されています。

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この仕組みでは、農家みずからが申請することもできますが、手間がかかるうえ、量がまとまらないと販売しにくいなど難しい面があります。このため、プロジェクトとして企業などが取りまとめ役になることも可能で、すでに4件が認められています。

【農家向けサービスが続々】
クレジットが認められるには、農家が中干しの期間について、「直近2年間の平均に比べて1週間以上延ばした」と客観的に証明しなければなりません。

どうすれば、農家が取り入れやすい方法で証明できるのか。この分野に参入を目指している企業グループのサービスを、さきほどの福井県大野市で取材しました。

田んぼを見ると、その真ん中に白い棒のようなものが差してあるのを見つけました。通信会社が設置したもので、自社のアプリと連携しているということです。

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通信会社「NTTコミュニケーションズ」の水島大地さんは、「実際には中にセンサーが入っていて、それをもとに水位などを測っています。そのデータを、電波を発して親機のほうに集めて、そのあとにクラウドに上げています」と説明しました。

このデータは、アプリで確認が可能です。水位が「0」、つまり中干しを行った期間がどのくらいかということを客観的に証明することができます。

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農家を支援する会社「ヤンマーマルシェ」井口有紗さんは「自分たちの栽培を少し変えることで、それが環境と経済的に良くなると感じてもらえるということがポイントです。いずれは私たちの契約生産者、すべてでできる限り展開していきたいと思っています」と話していました。

企業グループでは、中干しを延長して栽培したコメを「環境配慮米」などとして、付加価値をつけて売ることでも農家の収入アップにつなげたいと考えているということです。

【まだまだ残る課題が】
一方で、広がるには課題もあります。

1つはクレジットの価格が安いことです。

価格は取引によって変わりますが、一定の条件を置いて農林水産省が試算したところ、10アールあたり1000円から3600円になるということです。日本のコメ農家による平均の耕作面積は2ヘクタールほどですから、その場合、最大でも7万円ほど。同時にコメの収穫量が減るとすると、「クレジットを販売して、ものすごくもうかる」という状況とは言えません。

一方で、中干しの期間を延長して作ったコメが、消費者に評価されて高く売れるという保証があるわけでもありません。

結局は農家の収入アップにつながらないと、長続きしない可能性もあります。

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J-クレジットについては、10月に東京証券取引所に取引する市場が開設され、今よりも需要が増える可能性はあります。その結果、値上がりすれば、農家がもっと中干しの延長に取り組むようになるかもしれません。

環境を守りながら作物を育てるというのは、今後、ますます重要になります。今回紹介したような工夫を通じて、農家の環境への意識が高まることを期待したいと思います。


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