老朽化するマンションの再生を促そうと、国の法制審議会はこのほど、建て替えや修理などに関する法律・区分所有法の見直しに向けた中間試案をまとめました。
多くの人が暮らすマンションの建て替えや修理は、これからどう変わっていくのでしょう。
【急増するマンションの老朽化】
Q:マンションの建て替えや修理の法律を見直すのはなぜなのですか。
A:いま住んでいる人の中には、新しい建物なのでまだまだ建て替えも修理も不要というマンションも多いと思います。
ただ全国的には、マンションの老朽化が大きな課題になっています。
国土交通省のまとめでは築50年以上のマンションは2020年末で21万戸ありますが、これが20年後には249万戸になるという調査結果もあります。
Q:いまの10倍以上になるんですね。
A:老朽化が全部悪いわけではありません。古くても適切に修理や管理が行われているところもたくさんあります。
問題は、必要な修理や維持管理ができないままのマンションもあるということです。
そうなれば危険ですし、ごみと区別がつかない私物が放置されたりして、最後は「廃墟マンション」のようになってしまいかねません。
【行政による強制撤去も】
滋賀県野洲市では、長年放置されていた分譲マンションが撤去されました。
ここは昭和47年に建てられた3階建てで、管理組合の存在も確認できず、すべて空き部屋でした。2018年の大阪北部地震や台風で壁が崩落しました。
そこで3年前ついに、行政が強制的に取り壊しを行いました。
取り壊し費用はおよそ1億1800万円。自治体は所有者に費用の負担を求めているということです。
【現在の建て替えの要件は】
Q:放置し続けると最後にはこうなってしまうこともあるということですね。
A:特に古い耐震基準のままだと、大規模な地震の時には倒壊の恐れもでてきます。そこで建て替えや修理をしやすくしようというわけです。
現在マンションを建て替える決議をする場合、所有者の5分の4以上の賛成が必要です。
このイラストは5人が5分の1ずつ同じ割合で権利を持っている場合のイメージ図です。5分の4以上ですので、建て替えは4人の賛成が必要です。
Q:つまりこれだと、建て替えができるわけですね。
A:一方で、こんなこともあるかもしれません。
Q:この部屋は誰もいません。あとこの人、知らん顔をしています。
A:所有者が不明な場合、それから決議に参加しない人がいる場合は、どちらも賛成しなかったとみなされます。
こういう部屋が増えると、建て替えに必要な5分の4の賛成を得ることは難しくなります。この場合も5分の3になってしまいますし、明確に反対している人は誰もいないのに、建て替えはできないことになります。
【中間試案①建て替え要件の緩和】
そこで、中間試案では建て替えに関して2つの案が示されました。
1つは【5分の4】を【4分の3】に引き下げる。さらに耐震性への不安や火災の安全性が不足していることなど、何らかの客観的な理由があればさらに引き下げて【3分の2】にするという案です。
もう1つの案は、通常はこれまでと同じですが、耐震性などの客観的な理由がある場合【4分の3】にするというものです。
Q:東日本大震災の時もマンションの再建が課題になりました。
A:実際に被災した場合、さらに対応が急がれます。そこで中間試案はさらに、被災したマンションは、【3分の2】で建て替えができるようにしようという案も出しています。早い復興につなげようという狙いです。
【中間試案②修理の場合と所在不明・不参加の扱い】
Q:建て替えだけでなく修理する場合もあります。
A:形などを大きく変えないような修理の場合、例えば階段に手すりを取り付けるような場合など、過半数が必要です。
一方で共有部分を変更するような大規模な修理の場合、例えば階段を1か所なくして、その場所にエレベータを新たに作ろうというような場合、4分の3の賛成が必要です。
ただ、こちらも先ほどのように、所有者不明の住居や決議に出席しようとしない所有者が多くいる場合もあります。
Q:決議に出てこないとか、所有者が分からない住居が多いと、なかなか4分の3になりませんね。これだと5分の3です。
A:そこで中間試案のもう一つの大きなポイントです。
所在不明の所有者を決議の際に分母から除外する案が出ています。そして集会の決議では、参加しない無関心な人を除外して、出席者だけで多数決を決められるようにしようという案も出ています。
仮に両方とも分母から除外されれば、出席者だけで賛成が3分の3になります。
例えば所有者不明の住居が多くて修理に取り掛かれなかったとか、耐震工事が行うのが難しかったという管理組合も、新たな仕組みだと実現できるかもしれません。
【今後の課題は?】
Q:新たな対策で建て替えや修理は順調に進んでいくでしょうか。
A:これで問題が解決するとは、まだまだ言えません。課題もあります。
1つは建て替えを望まない人もいます。特に高齢者の中には「ここを終の棲家にしたい」という人もいるでしょう。
それから建て替えのために必要な費用の負担が難しいケース、立ち退いても新たな住まいを見つけるのが難しいケースも出てきます。
特に立ち退くことになった高齢者などのその後の住まいをどう確保するかも、今後は行政も考慮する必要が出てくると思います。
もう1つは金銭的な問題です。所有者不明が多数に上ると、修繕積立金や管理費が滞納されていきます。
そうなると賛成が基準に達しても、今度は金銭的に修理が難しくなります。建て替えようとしてもお金がなければ不可能です。
建て替えや修理だけではありません。
高齢化で管理組合の理事のなり手がいなくなれば、修繕積立金などの回収ができないだけでなく、日常の管理も難しくなってしまいます。そうなってしまうと、管理不全の状態に陥ることも懸念されます。現在、行政による管理組合の健全化に向けた取り組みも始まっています。
空き家問題やマンション管理に詳しい川 義郎弁護士は「特に郊外のマンションでは買い手がつかず、高齢者が取り残されてしまい、結局多額の住民負担が生じることにもなりかねません。『所有者の高齢化』が生じる前に、修繕積立金を確保しておくこと。また自治体も管理組合と連携して、老朽化対策をサポートしていく取り組みが必要だと感じます」と話しています。
【『2つの老い』へ対策を急ぐ必要が】
Q:マンション再生の見直し議論は今後どうなるのでしょうか。
A:国の法制審議会は、今回紹介した中間試案について、9月初めまで一般から意見を聞く「パブリックコメント」を募集しています。
この意見を踏まえてさらに議論を行い、来年の通常国会に法律の改正案を出したいという考えです。
マンションはいま、建物の老朽化と所有者の高齢化という「2つの老い」に直面しています。
その老いが進む前にできるだけ対策を取ることが、今後は必要になってきます。
管理できない老朽化マンションが増えれば、地域全体の課題にもなりかねません。それだけに総合的な対策を急ぐことが求められます。
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