NHK 解説委員室

これまでの解説記事

中央アルプス ライチョウ復活作戦

土屋 敏之  解説委員

◆特別天然記念物ライチョウは今、子育ての季節

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こちら(画面右側)のひなは6月末から7月はじめにかけて生まれたライチョウ(雷鳥)で、生後ほんの数日の段階のものです。
ちなみにライチョウの成鳥は冬は真っ白ですが、夏場はこのような茶色っぽい羽に生えかわります。

◆世界最南端で生きる日本のライチョウ

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ライチョウは寒冷な土地に適応した鳥で、世界ではライチョウの仲間は北極を取り巻く北半球の北部に生息していて、ニホンライチョウはその中で世界最南端に孤立して残る貴重な存在です。これは、今から2~3万年前の氷河期に大陸から日本列島に渡ってきた鳥が、氷河期が終わり温暖化するに連れて気温の低い高山に逃れることで生き残ってきたためです。

◆ライチョウは絶滅の危険性が高まっている

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ニホンライチョウは本州中部の高山地帯にいて、立山や乗鞍岳などいわゆる北アルプスに多いほか、長野・静岡・山梨の県境にまたがる南アルプスなどにも少数います。その間の中央アルプスには、以前はいたものの50年ほど前に絶滅したとされます。
全体では1980年代にはおよそ3千羽いたのが、2000年代初頭には2千羽以下に減ったとされ、2012年に環境省のレッドリストで、「近い将来野生での絶滅の危険性が高い」という“絶滅危惧ⅠB類”に指定されました。減った原因と考えられるのは、開発や登山者が持ち込むごみなどによる山の環境の悪化や、キツネやカラスなどライチョウやその卵を食べてしまう外敵が高山にも侵入するようになったこと、そして地球温暖化の影響があるとされます。

◆保護活動は?

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2012年から国が進めてきた保護計画には大きく2つの柱がありました。
まず重要なのはもちろんライチョウの生息地での保護で、外敵を罠で捕獲するなど対策がとられてきました。
そして、もうひとつは「生息域外保全」というものです。これは簡単に言えば、野生のライチョウを各地の動物園に運んで繁殖させることです。現在ライチョウの大半は北アルプスにいますが、生息地が一箇所にかたまっていると例えば感染症のパンデミックが起きると全滅しやすいといったリスクもあるので生息地を分散させる、つまり“生息域の外での保全”というわけです。野生のものが絶滅するリスクが高まったら、動物園で増やしたものを野生に復帰させるという目的もあります。
高山特有の環境で育つライチョウを動物園で繁殖させるのは非常に難しいのですが、実はライチョウは母親のふんをひなが食べることで高山植物を消化できる腸内細菌を受け継ぐなど生態の解明が進んできたこともあり、飼育できるようになってきました。
こうした保護策を進める中で2018年、半世紀前にライチョウが絶滅した中央アルプスに北アルプスから1羽のメスが飛来しました。
これを機に、中央アルプスにライチョウの集団を復活させるプロジェクトがスタートしました。北アルプスの乗鞍岳から数家族を、そして動物園からも繁殖させたライチョウの一部をヘリコプターで中央アルプスの木曽駒ヶ岳に運んだのです。北アルプスから飛来したメスや後から運んだものがつがいを作り今も繁殖しています。

◆中央アルプス“ライチョウ復活作戦”

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長野県の木曽駒ヶ岳では今の時期の1か月間、“保護ケージ”を設けて数家族のライチョウを夜間その中に収容し、日中はエサとなる高山植物帯に放して自由に食事などをさせつつ遠巻きに保護スタッフが見守る、という取り組みを行っています。
この方法を考案した信州大学名誉教授・中村浩志さんによると、ひなは生後1か月は飛べないため外敵に襲われやすく、体温維持機能が未発達で悪天候にも弱いことから、この1か月間だけ夜間ケージで保護することで生存率が大幅に上がったと言います。
そしてこの方法は、日本のライチョウが人を恐れず、人が設けたケージに誘導して保護できる性質もあることで可能になっている面もあります。
海外のライチョウが狩猟の対象だったことで人への警戒心が強いのに対し、日本では昔から山岳信仰があって、ライチョウは言わば“神の鳥”として人々が大切にしてきた結果、人を恐れないのだと言われます。
そう言う意味では、日本の文化と自然の両方がライチョウを守ってきたとも言えます。
こうした“復活作戦”によって中央アルプスのライチョウは約80羽まで増えてきたと見られていて、これを当面100羽に増やし、長期的には日本のライチョウが現在の絶滅危惧種から脱することを関係者は目指しています。

◆ライチョウ保護の課題

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とは言え、こうした対策でライチョウが絶滅のおそれから逃れられるのか?と言うと、なかなか難しい面もあります。数を増やして外敵の捕獲などを行っても、地球温暖化による気温上昇を止められなければ、既に3千メートル級の高山に追われてきた生き物はそれ以上上に行く場所はありませんから根本的な危機はなくなりません。
中村名誉教授は、日本人が大事にしてきた自然と共存する生き方や神の鳥として大切にしてきた文化によって世界最南端で生きのびてきたライチョウをここまで追い込んだのも私たち現代の人間であり、ライチョウを見た時はそれを思い出してほしいと言います。
国や自治体は、現在のライチョウの分布を把握するため登山者にも目撃情報の提供を呼びかけています。ただし、登山はあくまで安全第一で、そしてライチョウを見かけたら近くには寄らず、そっと見守りましょう。
夏のアウトドアシーズン、自然と生物多様性について考える機会にもなればと思います。


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土屋 敏之  解説委員

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