文部科学省は毎年夏に行っている教員採用試験の1次試験を来年度、令和6年度は現在よりも1か月程早くする方針を示し、都道府県などに検討を求めました。
なぜ、前倒しが行われるのでしょうか。
木村祥子解説委員です。
【なぜ?教員採用試験 前倒しへ】
教育現場は長時間労働や人手不足など「多忙で、ハードだ」という課題がある中で、受験者数を増やして、優秀な人材を獲得したという狙いがあります。
昨年度、令和4年度の小中学校や高校などの受験者数は12万6000人あまり。
過去10年間を見ても減少傾向が続いています。
さらに、文部科学省が去年3月に、国立大学の教員養成課程を卒業した学生の進路を調べたところ、教員として就職したのは6割にとどまり、卒業生の4割が民間企業に就職したり、公務員などになったりしていました。
この割合は、ここ10年、ほぼ横ばいの状態です。
このままだと、ますます教員の希望者が減ってしまうのではないかと心配だということで、それを改善するために考えたのが、採用スケジュールの前倒しです。
教員採用試験は多くの自治体では7月ごろに筆記試験を中心した1次試験が行われ、8月からは面接など実技を中心した2次試験、そして9月から10月にかけて合格発表という日程になっています。
一方、公務員試験は4月や5月、民間企業も6月に採用面接が始まります。
大学や教育関係者からは
「民間企業の採用活動は年々、早まっている傾向なので、安定した就職先を早めに決めたいと考える学生が、先に民間企業に決めてしまうのではないか」といった心配の声があがっていました。
そこで文部科学省はまずは、民間の採用面接の時期に合わせようということで、来年度の1次試験について、ことしよりも1か月程度早めた6月16日を1つの目安にすることにしました。
他と比べると、もっと早めてもよい気がすると考える方もいらっしゃるかもしれません。
ただ、5月から6月にかけて教育実習が予定されているので、まずはこの日程に落ち着きました。
そして前倒しへの負担軽減策として6月16日に1次試験を行う都道府県などへは、試験問題を提供するということです。
【待遇改善こそ最優先で】
「多忙だ」と言われている先生の働き方を改善しない限り、前倒ししただけでは、学生は集まらないと考える方も多いと思います。
学生たちはどのように考えているのでしょうか。
愛知県総合教育センターが県内の6つの大学で教職課程を履修する学生を中心に行ったアンケートで、以前は教員を希望していたが、現在は希望していないと答えた人に理由を尋ねました。
▽「他にやりたい仕事が見つかった」と答えた人が66.6%で最も多かったのですが、
次に
▽「休日出勤や長時間労働のイメージ」が64.1%
▽「職務に対して待遇(給与等)が十分でない」が54.7%となり、
長時間労働や処遇に関するネガティブな印象を持っていることがわかりました。
実際に文部科学省が行った教員の勤務実態調査の結果をみても、国が残業の上限として示している月45時間を超えるとみられる教員は中学校で77.1%、小学校で64.5%に上っており、依然として長時間勤務の教員が多い結果となりました。
そこで文部科学省では若者から選んでもらえる職業になるように、
現在、
▽残業代が出ない代わりに教員に一律に支給されている「教職調整額」の見直しや
▽中学校の土日の部活動を民間のスポーツ団体などに委ねる「働き方改革」、
それに
▽学級担任など、仕事の内容に応じた新たな手当を創設する「処遇改善」などをセットにして議論を行っています。
文部科学省では来年度から3年間を「集中改革期間」と位置づけ、給与体系の改善を行うほか、働き方改革についてもスピード感を持って進めていくとしています。
【教育現場で進む 若手支援の動き】
さらに現場レベルでも若手教員をサポートしようという動きも出てきています。
山形県の小学校ではこの4月から新卒の教員が担任を務める場合、定年退職した元教員などを雇用し、サポート教員として配置しています。
また、全国では1年以内に辞める新卒教員の数は増加傾向で、このうち精神疾患が理由で辞める人も増えています。
川崎市では市内のすべての小・中学校などで昨年度から、学校に保健師や看護師を派遣し、1年目の教員、全員に個別面談を行っています。
教育委員会では「本人の自覚がない心の変化に気づいて、早め、早めに対処し、若手を支えたい」と話しています。
さらに教員を目指す「卵」たちを「地域で育てていこう」という取り組みも始まっています。
宮崎大学の教育学部小中一貫教育コースでは去年4月から「宮崎県教員希望枠」という学校推薦型の選抜入試制度を始めました。
将来、宮崎県内の小学校で働きたいと考えている受験生であれば、全国から応募ができます。
定員は15人で、現在、1年生と2年生、30人が学んでいます。
この取り組みの特徴は、大学と県の教育委員会が連携している点で、全国でも初めての取り組みだということです。
毎月1回のペースで、セミナーを開き、現役の教員などが講師をつとめています。
先月、行われたセミナーでは、教員歴19年のベテランの先生が、子どもたちの興味を引き付ける授業を実演しました。
また、別の日には宮崎県の教育現場が抱えている課題について、講師と学生が一緒に解決策などを考える時間もあったということです。
さらに1年生から学校を訪問して子どもと触れ合うことで、雰囲気を肌で感じることができるほか、年に2回、教育委員会の職員と大学の教員が学生に個人面談を行うなど、きめ細かなサポートをしていくということです。
また、今月24日には大阪で、高校生などに教員のやりがいや魅力を伝える大規模なイベントが初めて開かれました。
主催したのは大阪府教育委員会と教員養成課程を持つ府内の18の大学で、高校生などおよそ300人が参加しました。
会場には個別の相談ブースも設けられ、現役の教員と話しをする中で、高校生からは「ネットではわからない生の声が聞けてよかった」とか「休日もとれると聞いて安心した」、「本気で教員を目指したいと思った」といった声があったということです。
人を育てるというのは一朝一夕にはいかず、取り組みの成果が出るまでは、時間がかってしまうかもしれません。
そんな中でも若者たちに丁寧に接していくことが、結果的には「教師になりたい」という熱意を持った人が集まり、子どもたちのためになるのではないかと思いました。
さて、来年の採用試験に向けて全国の自治体では早期化の議論が進められていくと思います。
文部科学省のホームページでは全国各地の採用情報などを一元的に見ることができるサイト「教育人材総合支援ポータル」を開設しました。
学生たちが最も懸念しているのは働き方改革と処遇改善です。
改善に向けて国には一層、努力してほしいと思います。
そして採用試験の早期化が学生の過度な負担にならないように、国や自治体、大学はしっかりとした情報提供とサポートを行ってあげてほしいと思います。
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