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偽画像・偽情報にどう対応? フェイク対策最前線

籔内 潤也  解説委員

最近、人工知能=AIの話題を毎日のように聞くようになりました。
特に去年、自然な会話のやりとりができる対話式AI「ChatGPT」が公開されて以降、企業の業務にも使われるようになるなど、私たちの生活に次々と入ってきています。
ところが、こうしたAIが偽の画像を作るのにも使われるようになってきているということで、私たちはどう対応していけばよいのでしょうか。

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【SNSでシェアされる偽画像】
ことし3月下旬、トランプ前大統領が逮捕されるのではないかという情報が出ていたとき、ある偽画像が広がりました。

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「アメリカのトランプ前大統領が多くの警察官に取り押さえられた」というもので、SNSで拡散しました。
この画像は、国際的な調査報道グループの創始者が画像を生成するAIを使って冗談で作ったというものでしたが、中には信じてSNSで広めた人もいました。
また、「スペインの高級ブランドのダウンコートに身を包んだローマ教皇」という偽画像も広くシェアされました。

【精巧な偽画像】

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よく見ると、顔の輪郭とか、顔や服のつや、影の様子などに不自然なところがありますが、一目見ただけでは偽画像とは見分けにくく精巧です。
慌てていると本物だと受け止めたり、また、面白がったりしてSNSで広めてしまう人もいると思います。
特に災害や事件などで不安が広がっているときには、出どころが怪しい画像、情報でも広めてしまう可能性が高まります。

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日本でも去年9月、台風15号による豪雨で静岡県で水害が起きた際には、ドローンで撮影した洪水の画像だとして、AIで作った偽画像がツイッターで広まったことがありました。このときにはNHKのニュースでも取り上げて、注意するよう呼びかけました。
決して対岸の火事ではありません。

【“見たものが信じられない” メディアも対応が必要】
最近ではテレビのニュースなどでも、SNSに投稿された災害や事件の現場を撮影した画像や映像を紹介することが多くあります。
メディアではそれが事実であることを確認して紹介していますが、偽画像にだまされない対応がさらに必要になります。

こうした偽画像を含む偽情報の問題について、ことし3月、各国のメディアやITプラットフォーム企業などが話し合う会合がロンドンで開かれました。

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「信頼できるニュースに向けたイニシアチブ(Trusted News Initiative)=TNI」と呼ばれる会合で、14か国のおよそ30人のジャーナリストなどが集まりました。
どこかの政府が意図を持って流すプロパガンダから、事実ではない誤った情報が広がってしまったものまで、さまざまな偽情報・誤情報への対策を紹介しあって学び合うというもので、NHKは日本のメディアとして初めて参加しました。
この会合でも生成系AIで作られる偽画像の問題は注目を集めていました。
「百聞は一見にしかず」と言いますが、いま起きていることはその逆で、「見たものが信じられないとなると、ニュースはどうなってしまうのか」という危機感が共有されていました。

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画像生成AIを使えば、偽画像は本当に簡単な指示を入れるだけでできてしまいます。
たとえば「ロンドン、火事、レンガを投げる」などと入力すると、ものの10秒ほどで、街で暴動が起きているかのような偽画像ができあがりました。AIはインターネット上にある画像から学んで、それっぽい画像を作ってしまいます。
会合の中でAIの専門家は、▽「リアルで精巧であること」▽「効率的で短時間にできること」▽「誰でも作成可能ということ」が、これまでの偽画像と全く次元が異なると指摘していました。

ブロックチェーン技術を使って画像を認証することや、AIを使って見抜くなどという新たな技術を使った対策も試みられています。
しかし、こうした技術について実証の研究を進めているメディアの担当者は、「対策は常に新しい技術によって上書きされる。たとえばAIなど対策の技術で効果がある期間はわずか6週間ほどだ」とする見方を示しました。まさに、「いたちごっこ」の状況だと言えます。

【偽情報 海外メディアの対応は】
海外のメディアでもさまざまな対応が進められています。

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イギリスの公共放送BBCは、偽画像を含む偽情報の対策を行う専門の部署を4月、新たに設けました。
偽情報の検証、いわゆるファクトチェックを行うグループや、オープンにされているデータから事実を突き止める調査報道のグループ、SNSの担当、映像担当など、65人体制で対応しているということです。
ニュースセンターに設置されていて、報道機関として力を入れていることを示しているということです。
中には「偽情報・ソーシャルメディア専門記者」もいます。
マリアナ・スプリングさんという記者で、事実に基づいた情報で偽情報を否定、上書きするのと同時に、「どうして偽情報を流すのかや、人はどうして偽情報を信じるのか、背景まで含めて取材するようにしている」と話していました。
また、ロイター通信も5つの言語で、SNSで広がる偽情報について取材して検証、そのうえで否定する情報を出す、専門のチームを設けて対応しています。

【対策はNHKでも】

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NHKでも、SNSなどで緊急を要したり、命に関わったりするような偽情報が出ている場合は、事実に基づいた信頼できる情報を出すようにしています。
たとえば、ことし2月にトルコ南部で発生した大地震の際には、SNSで東日本大震災と原発事故の際の映像を使って、トルコで津波と原発事故が起きているという偽情報が拡散されましたが、NHKのニュースサイトなどで誤った情報であることを伝えました。
実は、これまでは偽情報は英語で広がることが多く、日本語がいわば壁のようになって、欧米に比べると、偽情報の広がる範囲は小さく、スピードも遅いと言われていました。
ところが、日本語ででも自然な対話ができる「ChatGPT」などが登場したことによって、今後、日本でもこれまでにない偽情報の広がりが見られる恐れがあると警戒されています。

【メディアの偽情報対策は加速】
欧米のメディアが偽情報対策に本腰を入れるきっかけとなったのは、2016年に起きた2つの出来事、イギリスがEU離脱を決めた「ブレグジット」、アメリカでのトランプ大統領の当選だったということです。
当時、「イギリスがEUに拠出している金額が実態以上に巨額であるという誤った情報」や「ローマ教皇がトランプ支持を表明したという偽情報」などが広まりました。
こうした事実ではない情報が広がった上で有権者は判断したのではないかという指摘があり、当時、メディアは十分、事実を伝えられていなかったのではないかという反省から、偽情報対策を進める動きが加速しているということです。

【私たちはどうすれば】
こうした状況の中で、私たちはどう対応したらよいでしょうか。

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驚くような情報、画像がSNSで届いたら、一拍おいて、出どころを確認するのがまず大事です。
たとえば、情報・画像を発信しているツイッターのアカウントで、これまでにどんなことをツイートしているかを見ると、不審な点がないか、わかることがあります。
また、災害や事件では複数の人が別の画像をそれぞれSNSにアップすることが多いですが、出どころが1人だけだったら、その写真はもしかしたらAIで作られた偽画像かもしれない、と考えてみることも大事です。
2016年の熊本地震の際には、「動物園からライオンが逃げ出した」とウソの内容をツイッターに投稿した人が逮捕されるなど、偽画像・偽情報を広めることが罪に問われることもあります。そういった行為に加担しないようにしたいものだと思います。

偽情報の対策を行うことは、事実に基づいた情報を広めることでもあります。
事実に基づいて人々が判断し態度を決めるという民主主義や社会の健全性を維持するためにも大事で、それは私たち、メディアの役割だと感じています。


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