◆豊かな自然を守る地域を国が認定する新たな制度がスタート
これは、「自然共生サイト」と名付けられたもので、環境省が認定するための申請を受け付けています。豊かな自然を守っている場所としては、国立公園や国定公園、鳥獣保護区などがありますが、こうした国などが具体的な規制をかけ保全している場所以外でも、民間企業やNPO、市町村などが管理する所で自然豊かな場所はたくさんあり、これを守っていこうというのが自然共生サイトで、いわば「民間の自然保護区」などとも言えます。
◆実際にどういう場所が?
国が昨年度、試行例にした場所をいくつか挙げると、まずこちらは大手ゼネコンが福島県に持つ山林です。100ha以上の面積で一部は建材を得るための人工林ですが、ツキノワグマやカモシカをはじめ多くの動植物からなる生態系が見られます。
こちらは大手製紙会社。全国に9万haもの森林を持っていて、多くの絶滅危惧種の生息地にもなっています。ただ、こうした大規模な所だけが対象になるわけではありません。
こちらは東京八王子市の公園で、宅地開発の狭間で残されてきた雑木林などを市の委託 でNPOが管理しています。植樹や保全活動には市民や企業も参加し、ほ乳類だけでも11種、植物はおよそ800種が確認されています。
こうした身近な自然を含め国は今年2回に分けて100か所以上を認定する方針で、まず前期分として来月8日まで受け付けています。
◆なぜこうした場所を募って認定する?
去年12月、生物多様性条約の国際会議で2030年までの新たな世界目標が採択され、その目標達成に必要だというのが大きな理由です。
“生物多様性”というのは「多くの種類の生き物がつながり合って生きている豊かな自然」といった意味ですが、この生物多様性はきれいな水や空気、食料や薬の原料などを供給してくれているほか、森林が地球温暖化の原因になる二酸化炭素を吸収したり、水害・土砂災害を防ぐ役割も持つなど、非常に重要なものです。しかし、今や百万種もの動植物が絶滅の危機にあるなど生物多様性は年々失われていて、世界経済フォーラムはこれを「世界経済の重大なリスク」だと指摘している状況です。
このリスクをなんとかしようと、世界目標では2030までに、今は減る一方とされる生物多様性を反転させ回復軌道に乗せることを掲げていて、先週末に開かれたG7の環境大臣会合でも再確認されました。
この生物多様性の回復に向けた具体的な目標として、身近な所では食料の生産も自然環境に負荷をかけることから食品ロスを半減するとか、生態系を乱す外来種が定着するのを半減させるとか、23の目標が決められました。そのひとつに、2030年までに世界の陸と海のそれぞれ30%以上を各国が保護地域などにして守っていこう、という大きな数値目標があります。
◆「世界の陸と海の30%を保全」という大きな数値目標をどう実現?
日本では国立公園などの公的な保護区になっているのは国土の20.5%で、海ではさらに少ない状況です。世界的にも各国が公的な保護区だけで30%という面積をあと7年で実現するのは困難です。
それでもこうした目標が合意されたのは、民有地を含めれば森林などの面積は広大で、その中には生物多様性の保全に実質的に役立つ場所が沢山あるので、そうした場所も数字に入れて企業などの保全活動を後押ししようというねらいがあります。こうした民間で保全する森林などは国際的なデータベースに各国が登録します。
日本ではこのような場所を「自然共生サイト」と名付けて認定していくことになり、こうした方針が先月末に「生物多様性国家戦略」として閣議決定されました。
◆「自然共生サイト」に認定されるのはどんな場所?
企業の山林としては建材や紙の原料を得るほかにも飲料メーカーが水源として保全している山林などもあります。このほか身近な里地里山や防災用の遊水池、神社やお寺の森、大学などの研究林、さらにはゴルフ場やスキー場も認定対象になりうるとのことです。山林をつぶしてゴルフ場にしたらむしろマイナスではないかとも思われますが、これはゴルフ場が全てよいと言ってるわけではなく例えばコースの周囲の森林を積極的に残して生き物の住みかを保全しているケースなどもあるということで、国は関係する団体が作ったガイドラインなどを参考に個別に認定を判断するとしています。
◆企業にとっては認定されるメリットは?
認定されても直接の利益はありません。ただ、申請する企業に取材すると、近年事業活動が自然環境に及ぼす影響や生物多様性の保全への貢献などは投資家の判断材料にもなってきて、そうした情報の開示などを行う仕組みも出来ているため、そういう意味で企業の価値の向上にもつながるという考え方が広がっているようです。
国もこうした企業の取り組みを投資家などが評価しやすいよう後押しする方針で、例えば自社では土地を持っていなくても、よその自然共生サイトの保全活動に協力する企業・団体などには国が「貢献証書」を発行する制度を検討しています。
◆自然共生サイトの認定で生物多様性の回復につながる?
どれぐらい効果があるか定量化するのは難しいですが、特に重要なのは「数字合わせ」に終わらせないことです。というのも、自然共生サイトの目的として、各国が陸と海の30%を保全するという世界目標がありますが、そもそもいま既に企業などが保全活動をしている場所であるなら、それを認定して数字上の保全面積が増えたとしても、実際にこれまでより生物多様性が増える、回復する、ということにはなりません。国は、認定審査や5年ごとに認定を更新する際に、「こうするとさらによくなる」といった保全活動の改善点も助言していく方針で、実際に生物多様性の回復が進むよう制度を運用していくことが求められます。
そして、こうした制度で評価されるようになることで、植林や保全活動に「新たに取り組む企業・団体などがどれだけ増えるか」が重要になります。また今後は、陸だけでなく海での保全をどう広げていくかも大きな課題です。
◆生物多様性 わたしたちにできることは?
八王子の公園のように地域の自然を守る活動や、あるいはその基盤となる「どんな生き物がいるのか」の自然観察などは多くの市民の参加で支えられます。これから大型連休で季節もよい中、まず多くの人が身近な自然の中に出かけて親しむこと、その大切さを感じることが生物多様性を守る大きな一歩だと思います。
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