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遺伝子組み換え食品の表示 4月の改正で何が変わった?

佐藤 庸介  解説委員

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ことし4月から遺伝子組み換え食品の表示制度が変わったのをご存じでしょうか。その結果、これまでよく見られた「遺伝子組み換えでない」という表示があまり目につかなくなりました。どう変わったのか、その背景には何があるのか、お伝えします。

【表示制度改正の目的は】
改正された食品表示基準が4月1日、施行されて、「遺伝子組み換えでない」と表示できる条件が厳しくなりました。

消費者庁は「『遺伝子組み換えでない』と表示できる設定が緩く、誤解を招く」という意見を受けて検討し、4年前の2019年に基準を改正しました。

遺伝子組み換え食品は、国の審査で安全性を確認されています。それでも「不安だ」という声は根強くあります。

消費者庁では、制度を変えた目的について「より正確な情報を伝えて、消費者の選択の幅を広げるため」と説明しています。

【遺伝子組み換え技術の目的は】
「遺伝子組み換え」はどういう技術なのか、簡単に説明します。

たとえば味は良いものの、病気には弱い作物があるとします。これにほかの作物などから病気に強い遺伝子を取り出して組み込むと、味が良いうえに病気に強い作物ができるということになります。

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【どんな食べ物が表示対象?】
この技術で開発され、国が安全性を認めた農産物、大豆やトウモロコシ、ジャガイモなど9種類に表示する義務があります。

農林水産省によりますと、国内では食用の遺伝子組み換え農産物について、商業栽培しているという報告はないということなので、国内で流通しているのはすべて輸入とみられます。

さらにこれらを主な原料とする、33種類の加工食品にも表示が義務付けられています。代表的なのは、大豆が原料だと豆腐や油揚げ、納豆、みそ、トウモロコシだと菓子といったところです。

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使われている量が多いのは、実は食用油やしょうゆなのですが、両方とも表示が義務付けられていません。加工の際にDNAやたんぱく質が分解され、検証できないためだということです。

【改正前の表示制度】
これらの食べ物に「遺伝子組み換えでない」と表示できる条件が、4月から厳しくなったということです。その前に、これまではどんな制度だったのかを説明します。

さきほど紹介した農産物を主な原料として使っている食品は、必ず表示しなくてはなりません。また、分けていない場合も「不分別」と表示しなければなりません。

一方で、遺伝子組み換えでない農産物を使っている場合は、「遺伝子組み換え『でない』」と表示することができます。こちらは「任意」ですので、表示してもしなくても構いません。

「不分別」というのは分かりにくい言葉かもしれません。

大豆やトウモロコシは、日本の輸入相手国では、大半が遺伝子組み換えです。このため、避けようとすると特別な手間をかけて、「分けて」輸入する必要があります。「不分別」というのは、そうはしていないということです。

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たとえば、右側の写真はある肉製品の表示ですが、このように「コーンスターチ」の横に「遺伝子組換え不分別」と表示されています。これは表示が義務づけられています。

ただ、こういう表示はあまり目にしないと思います。なぜなら、多くの企業は、あくまで原料を分別して輸入し、「組み換えでない」という表示をしてきたからです。

ここで大事なのは、大豆とトウモロコシでは、意図せずに組み換えが混ざっても、「5%以下」なら「遺伝子組み換えでない」という表示が認められていたことです。消費者庁は生産地から運んで加工する間に、どうしても混入が避けられないためだと説明してきました。

【改正後はどう変わったか】
では改正後、どうなったのでしょうか。

義務のほうは変わりません。ですが、「組み換えでない」と表示できるのはごく限定されました。検査で調べても分からない「不検出」の場合だけ、実質的に「ほぼゼロ」になったということです。

「分別しているが、少しは混入しているかもしれない」という場合には、特別な表示を認めることになりました。

この特別な表示を具体的にいくつか確認してみました。

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たとえば写真の上にあるように納豆だと「大豆(分別生産流通管理済み)」、その下だと「丸大豆(遺伝子組換え混入防止管理済み)」、一方でいちばん下の豆腐は「大豆」とあるだけで、そのほかは何も書いていません。

とくに「分別生産流通管理済み」は、消費者庁が例に挙げたため、多くの企業が採用しました。でも、分かりにくいとこちらのように別の表現を選ぶ会社もあります。さらに、書かないと判断したところも出ています。

ただ、これ、全部同じ意味なんです。この表示は任意ですから、してもしなくてもよいわけです。でも、分けて管理していない場合は「不分別」と表示が義務付けられていますから、表示がないのは少なくとも混ざらないように分けて管理はしているということなんです。

現実には「でない」という表示がものすごく厳しくなったため、企業はどんなに分けても混ざるのを防げないとして、次々にこちらの表示に変える選択をしました。

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【いったい何のための改正?】
今回の改正のメリットは、今までは5%近く混ざっていたときも「遺伝子組み換えでない」という表示が認められていたので、その面ではより正しい表示になり、消費者が判断できる材料が増えたという見方はできます。

ただ、事業者や消費者からは複雑な声が出ています。

たとえば日本生活協同組合連合会は、3年の期間をかけて検討し、豆腐や納豆などおよそ490品を「分別生産流通管理済み」の表示に切り替えました。

消費者への情報提供として表示は継続すべきこと、そのうえで、多くの会社が「分別生産流通管理済み」に変える見込みだったため、統一感のある表現のほうが消費者に分かりやすいと判断したということです。

それでも日本生協連では「結果的に各社でさまざまな表現が出ていて、消費者に分かりにくい表示制度になったのは否めない。制度改正の意味合いや新しい表示方法について、消費者に丁寧に伝えていく必要がある」と話しています。

その一方で、一部の消費者は反発しています。

条件が厳しくなったことで「でない」という表示が減り、何も表示しないという企業も増えました。今回の改正は、正確な情報を増やすためだったはずなのに、むしろ判断するための情報が減ったと批判しています。

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【消費者はどうすればよい?】
結局、消費者としてはどう受け止めればよいのでしょうか。

食品表示の問題に詳しい、消費生活コンサルタントの森田満樹さんは、冷静な対応を呼びかけたうえで3つのポイントを指摘しています。

まず、1つ目は遺伝子組み換え食品の安全性は、国の審査で担保されていることです。表示はあくまで情報提供にとどまるものです。

2つ目が、遺伝子組み換え農産物をきちんと分けて使っていないという情報は必ず表示されるということ。つまり、表示されていない場合は、きちんと「分別されている」ということを意味することです。

そして、3つ目に2つ目とも関係しますが、「遺伝子組み換えでない」という表示がほかの表示に変わったり、なくなったりしても、中身は何も変わっていないということです。

森田さんは「遺伝子組み換え食品の表示制度は、海外でも扱いに苦慮していて、複雑な仕組みになったのはやむを得ない面もある。ただ、事業者にも消費者にも周知が不足しているのは問題だ」と話しています。

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消費者庁では、今後、消費者向けに分かりやすいパンフレットをつくるということです。しかし、今回の改正は4年前で、十分な期間があったにもかかわらず、消費者庁はその際に2度、説明会を開いたあと、同じような機会は設けませんでした。

この制度は複雑で理解が進んでいるとは思えません。無用な誤解や不安を避けるために、消費者庁はさらに丁寧に説明する必要があります。


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