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オスの両親からマウス誕生 絶滅危惧種の保全に!?

矢島 ゆき子  解説委員

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◆オスの両親から誕生した子どものマウスたち

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生後28日目のマウスのきょうだい。実は、両親は、2匹ともオス。しかし、それ以外は、どこにでもいるマウスと変わりなく、問題なく健康に成長したと、先月、科学雑誌に発表されました。これはマウスでの研究ですが、今、世界中で増え続けている絶滅危惧種の動物たちを保全するために利用できるかもしれないと言われています。

◆生物学的な性別とは?

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そもそも、マウスなどの哺乳類は、生物学的には、性別としてメスとオスがあり、この性別は、基本、XあるいはYという性を決める遺伝情報の組み合わせで決まります。そして、卵子はX、精子はXまたはYで、卵子と精子とが受精卵になったときに、XXならメス、XYならオスと決まります。

◆どうやってオスの両親から子どもができた?

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では、どうやってオスの両親から子どもができたのでしょうか?
この研究成果を発表した大阪大学の林克彦教授は注目したのは、次のことでした。
作りたい卵子は、受精すると受精卵になりますが、この受精卵、心臓・筋肉などさまざまな体の細胞になれる万能細胞です。ですから、「オスの細胞XYで受精卵のような万能細胞を作り、かつYが消滅すれば、オスから卵子ができるのではないか」と考えたそうです。一方、「メスから精子を作るのは、難しい」とのこと。これは、メスはXXで、Yをもっていないので、精子のYを作るのは難しいということです。

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では、オスから卵子を作る方法を、もう少し見てみます。
まず、オスのマウスのしっぽ・皮膚の細胞から、iPS細胞を作りました。iPS細胞は、さまざまな種類の細胞になることのできる万能細胞です。そして、それを1週間ほど培養し続け、特殊な薬を加えることで、Yのない「卵子の元の細胞」ができたのです。そして、この細胞を、マウスの体内で卵子が育つ「“卵巣”と同じような環境」で培養し続けたたら、自然に、卵子ができたとのことでした。このように、体外で、哺乳類のオスの細胞から卵子を作ることができたのは世界初です。そして、できた卵子を、別のオスの精子と体外受精し、代理母のメスの子宮に移植し、遺伝的には両親ともにオスである子どものマウスが誕生したのです。ただ、630個の受精卵中、誕生したマウスは7匹と、成功率およそ1.1%でした。しかし、7匹は正常に成長し、他のマウスとの間に子どもができ、その子どものマウスたちも健康に育ちました。健康な子どもが誕生したのは、世界初です。林教授曰く、「卵子の質がまだ低いので、誕生する割合が低いが、“卵巣”の環境など、培養方法を改良する余地はある」とのことです。

◆絶滅危惧種 キタシロサイでも使われ始めている

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このマウスの研究は、絶滅危惧種のキタシロサイでも応用されています。
キタシロサイの子どもを誕生させる国際共同研究がはじまっていて、参加しているのはドイツ・チェコなどの研究者、そして日本からも林教授が参加しています。このキタシロサイは密猟・環境破壊などのために、今は、ケニアに母親Najinと娘Fatuのメス2頭が現存しているだけで、オスのキタシロサイは、2018年に絶滅しています。メスだけなので、自然に子孫が増えることはできないのですが、死んだオスたちの精子などが凍結保存されているため、まず、今いるメスの娘のファツの卵子と体外受精ができないか研究がはじまっています。
サイは、2トンぐらい体重があるとも言われ、マウスやヒトなどの体と全く違うので、サイの大きさに合わせて特別に開発した機器を使うなど、卵子をとるのも大変だそうですが、受精卵はすでにできたそうです。ただ、今いるメス2頭は、高齢・病気などで妊娠・出産は難しく、他の種類のサイが代理母にならないかなど研究されていて、キタシロサイの子どもが生まれるには、もう少し時間がかかるようです。
このように、現存しているメスの卵子と凍結された体外受精ができ、キタシロサイの遺伝情報をもつ子どもが生まれれば、もう、「オスの両親からマウスが誕生した研究」をする必要がないのではと思う方もいるかもしれません。たしかに、これで子どもが誕生すれば画期的なことですが、専門家は「このオスの両親からマウスが誕生した研究は、大きな突破口」になると言います。

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実際、キタシロサイのオスの細胞から卵子を作る研究がはじまり、去年、「卵子の元の細胞」が初めてできています。今後、これを培養して、卵子にし、凍結保存してある別のオスの精子と体外受精させていく予定だということです。国際共同研究の中心になっているライプニッツ野生動物調査研究所トーマス・ヒルデブラント教授に話を聞いたところ、「キタシロサイのような絶滅の危機に瀕している哺乳類の遺伝情報をしっかり保全できる」だけでなく「近い将来、遺伝的に多様な集団を作れるようになるだろう」とのことでした。この「多様な集団」というのは、メスの娘ファツの卵子を使って様々なオスと体外受精しても、遺伝的には必ずファツの子どもになりますが、凍結保存されているオスたちから卵子ができれば、ファツの子どもとは違う、多様な遺伝情報をもつキタシロサイの集団ができ、さらに次の世代も期待できるようになるかもしれないということです。

◆ マウス誕生の技術 ヒトへの応用は?

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では、このマウスの研究、ヒトへの応用もありえるのでしょうか?
今は、マウスで作り出した卵子は質が低く、まだ課題が多い状況です。またマウスとヒトでは、卵子ができる仕組みが違います。そもそも、ヒトの卵子は作るのが難しく、「卵子の元の細胞」は作られていますが、卵子まで出来ていません。国の指針でも、ヒトのiPS細胞から卵子や精子の作製は容認するが、受精卵の作製は、倫理的な問題などもあり、禁止されています。林教授曰く、「この技術をヒトで安全に応用できる段階ではなく、ヒトの卵子を作るには、今後、10年程度はかかるだろう」とのことです。

さらに研究が進めば、ヒトでも卵子ができるようになる可能性はあります。そして技術開発が進み、安全性が証明され、さらに倫理的な問題なども含めて、社会が、この技術を受け入れれば、不妊治療などに応用できる可能性があるという話も聞きます。ただ、これは、時に、生命誕生にもつながる技術です。技術が完成するまで、まだ時間がかかる今のうちに、社会全体で、このように卵子を作る技術の利用・規制などをどうしたらいいのか、倫理的な問題も含めて、議論を深めておくことが重要だと思います。


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矢島 ゆき子  解説委員

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