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県別"縄文度"初公開!この体質は縄文人から?遺伝子から探る人類史

土屋 敏之  解説委員

◆縄文人の遺伝子を現代人がどれぐらい受け継いでいるか?地域差が初めて明らかに

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東京大学の研究者がアメリカの科学専門誌に先月発表した論文で、現代の日本人1万人の遺伝情報などを分析し各県ごとに縄文人由来の遺伝的変異(*SNP・単塩基多型と呼ばれる)をどれぐらい持っているか地域差を明らかにした他、それが私たちの体質や病気とどう関わっているか分析しました。
今から3万数千年前、氷河期でこちらのイメージのように海面が下がって陸地が今より広がっていた時期から、日本列島には現在のサハリンや朝鮮半島、そして台湾方面から3つのルートで人類が移り住み、後に“縄文人”になっていったと考えられています。
その後の縄文時代は温暖で氷河が溶けて海面が上昇し、人の流入は止まっていたと考えられ、次に多くの人が来たのは約3千年前から九州北部に進んだ技術や稲作文化を持つ渡来人がやってきたとされ、これが弥生時代になります。
つまり、現代日本人の多くは縄文人とこの渡来人が混血した子孫と考えられています。

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従来の研究で現代日本人の多くは遺伝子的に1~2割が縄文人由来、8~9割が渡来人由来とされています。今回東大グループは民間の遺伝子検査を受けた全国1万人のデータの分析などから、住んでいる県別の言わば“縄文度”=縄文人由来の遺伝的変異をどれぐらい多く持っているかを初めて明らかにしました。
東北地方や鹿児島など濃い青色の県は縄文度が高く、近畿や四国などオレンジ色は縄文度が低い、逆に言えば渡来系の血が濃い人が多いエリアということになります。
この地図には沖縄と北海道が入っていませんが、沖縄は他の県より飛び抜けて縄文度が高く、この色分けに収まらなかったとされます。また北海道はアイヌの人たちはとても縄文度が高いと考えられますが、人口の上では明治以降に各地から移り住んだ人が多くを占めるため特徴がはっきり出ないと言います。
また、中国地方で島根だけ濃い青、つまり縄文度が高いと言う結果で、はっきりした理由はわかりませんが、出雲の国はオオクニヌシの国作りの神話などがある地域でもあり、もしかすると古くから縄文系の人たちが多く住む国が実際にあったのかも?など古代史への想像も色々と広がる結果でした。研究を行った渡部裕介特任助教は、多くの渡来人が入ってきたのは2、3千年も前からのできごとなのに現代の日本人にも地域差が残っていたのは驚きだとしています。

◆縄文人や渡来人に由来する遺伝的変異は私たちの体質や病気とも結びついている

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今回の研究では、スーパーコンピューターによるシミュレーションで縄文人に由来すると思われる遺伝的変異を20万個も特定し、それらを持つ人と持たない人でどんな違いがあるかを分析しました。
まず縄文人は渡来人に比べ、遺伝的に身長が低めだったとわかりました。以前から、発掘された人骨で縄文人は渡来人より背が低いとわかっていましたが、それは狩猟生活中心の縄文人は稲作を行う渡来人より栄養状態が悪かったためなどと考えられていました。それが、遺伝的にも違っていたというわけです。
そして、縄文人の方が太りやすい体質だったとも考えられています。具体的には、縄文人には血糖値や中性脂肪が上がりやすい変異が見つかりました。これは、食料が不安定な狩猟採集生活で食べられる時に脂肪を貯め込みやすかったり、飢餓状態でも血糖値を保ちやすい体質だったのかもしれないと考えられています。
そして、先ほどの地図で“縄文度”が高かった地域は、現代の日本で5歳児の肥満傾向が高いこともわかったと言います。

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一方、渡来人の体質もわかってきました。渡来人には、血液中の「好酸球」という免疫細胞や、「CRP」という炎症に関わる物質が増えやすい変異が見つかりました。
これらは感染症から体を守る働きをするため、渡部さんは、定住して農耕を行うようになった渡来人は人口が増えやすく、人口密度の高い集落は感染症が広がりやすいので、そうした環境に適応していたのかもしれないと考えています。
とは言え、これは一概にどちらが優れていたという話ではありません。
好酸球は感染症から身を守る働きがある反面、ぜんそくなどアレルギーの悪化にも関わっています。先ほどの地図で渡来人由来の変異が多い地域では、現代においてぜんそくが悪化する人が多い傾向があることも報告されています。
つまり、ある遺伝的変異は、ある場面では有利であっても別の場面では不利になることもあるのです。

◆遺伝情報から人類進化を探る

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こうした遺伝情報から人類進化を調べる研究は近年、世界的に進んでいます。
去年のノーベル生理学・医学賞を取ったスウェーデンのスバンテ・ペーボ博士は、絶滅したネアンデルタール人の遺伝情報の解読に成功し、その分析から、ネアンデルタール人は我々ホモ・サピエンスと交わっていて、私たちもネアンデルタール人由来の遺伝的変異を幾つも持っていることが明らかになりました。
その中には「妊娠中に流産しにくくなる」つまり生存に有利と思われる変異もあり、絶滅したネアンデルタール人が私たちの命を支えている面もあるわけです。
古代人の研究は、昔は人骨や石器などの発掘から進めるのが常識でしたが、最近はこの分野でも「データサイエンス」と呼ばれる、コンピューターで膨大なデータを分析して新たな知見を得るような研究が急速に進んでいます。
人間の遺伝情報の解明は時として「遺伝的に優れている、劣っている」といった差別的な考え方にもつながりがちですが、そうではなく、生命の歴史の中で育まれてきた遺伝的な多様性があるからこそ私たちは様々な環境の変化にも対応できると言えます。
こうした研究が人間をより深く理解することにつながっていくことが期待されます。


【取材後記】

以前は古代人研究の取材というと、私たちも現場を訪れ発掘の状況や標本・史料などを取材することが普通でした。
これに対し今回の取材で最も驚いたのは、実は研究者たちは縄文人の遺伝情報自体、直接調べてはおらず、それでいてこうした分析結果を導き出せたという点でした。
専門的な話ですが思い切って簡略化して言うならば、現代の日本人と現代の大陸系東アジア人の多数の遺伝情報を比較すると、前者には3万年前以降、時間と共に一定頻度で生じた変異(=「縄文人由来の遺伝的変異」)が含まれているので、その違いをコンピューター上で分析することで縄文人の遺伝的特徴がわかる、という話になります。
こうした研究手法は、世界的にはネアンデルタール人の研究でも用いられていると言います。
実際に古代人から抽出したDNAなどを解読しているのとは違い、直接的な証拠とは言えない面もありますが、遺伝情報を解読できるほど良好な状態で発掘される古代人はごくわずかなのに対し、こうしたデータサイエンスやバイオインフォマティクスと呼ばれる手法を用いることで、これまでは不可能と思われていた古代人や人類進化の謎の解明が進んでいくのかもしれません。


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土屋 敏之  解説委員

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