◆いま各地の動物園や水族館で動物の「歯周病」の調査研究が行われている
歯周病は「歯周病菌」という細菌が繁殖して起きる感染症ですが、まず歯ぐきに炎症が起き、悪化するとあごの骨が溶けていくこともあったり歯を失う大きな原因になります。また、心臓病や糖尿病など様々な病気が悪化する原因にもなります。
この歯周病が近年ペットの犬や猫にも広がっていて、犬では7~8割が歯周病だとの報告もあります。
原因として考えられるのは、ペットも寿命がのびて高齢の犬や猫が増えたこと、そして栄養豊富なものを食べるなどエサの変化も関わっていると考えられています。歯周病菌はどこから来たかというと、犬が飼い主の顔をなめるなどスキンシップを通じて人から感染しているのではないかと考えられていて、実際に犬や猫では人間が持つ歯周病菌が多く見つかっています。
しかし最近、こうした濃密なスキンシップのあるペットだけでなく、動物園や水族館で飼育されている様々な動物にも歯周病があるとわかってきました。
神奈川県の麻布大学には、動物園などで飼育されていたゾウやキリンなど様々な動物が死んだ後、その骨格の実物を集めた博物館があります。3年前にその館長になった島津德人准教授は歯学が専門で、これらの骨格を見ているうちに、多くの動物に歯周病らしい痕跡があると気付きました。これまで野生動物には歯周病はほとんどないのではと考えられていたので意外な発見でした。
例えば動物園で飼われていたサイの骨は、上あごに小さな穴が多数見られ、これは歯周病が進行して骨がスカスカになった状態と考えられるほか、下あごの歯の付け根部分は骨が大きくえぐれて失われています。他にライオンやトラ、オオカミ、カバ、アシカなどの骨にも歯周病の痕跡が見つかり、そこから実際に生きている動物を調査しようと考えました。既に動物園のライオンやクマなど多くの動物で歯周病菌が見つかっていますが、これはなんらかの形で飼育員や来場者などからうつったのか?あるいは元々野生動物にも歯周病菌はいて、ただ寿命が短く歯周病の症状が出る前に死んでいるのが、飼育動物は長生きすることで症状が出ているのか?こうしたことは世界でもまだよく調べられていないため、島津さんは全国の動物園・水族館と共同研究を進めると共に、野生のイノシシも調査する計画です。
◆歯周病の他にも人から動物に病気がうつることはある?
「人獣共通感染症」と言って人と動物の両方に感染する病気は数多くあります。一般には「動物から人への感染」の方が注目され、例えばエボラ出血熱やジカ熱、SARSなど、近年次々現れる深刻な感染症の多くが動物由来と考えられていますが、逆のケースもあります。例えば新型コロナは動物から人への感染もありますが、北米では人から野生のシカに感染が広がったとも見られていますし、インフルエンザも人からブタに感染することもあるとされます。
このように人と動物の病気は関わり合っているため、最近は「ワンヘルス」=「ひとつの健康問題」だとして、人間と動物の健康、さらに生き物を育む自然環境を守ることも同時に総合的な対策をしていく必要があるという考え方が広がっています。
◆動物の病気は時代と共にどう変わってきた?
昔から「ペスト」のように生き物が媒介した病気のパンデミックはありましたが、動物の病気は人間ほど調べられておらず、まだわかっていないことが多い状況です。
こうした中、東京大学などの研究グループが1月に、過去120年におよぶ動物の解剖記録からわかってきた病気の変遷について分析した結果を発表しました。東京大学には明治時代から動物の診療を行う病院もあり、死んだ動物の一部を病理解剖してきたものです。
「渋谷のハチ公」で知られる犬のハチも1935年に東大で解剖されています。
解剖された動物も明治時代は馬=軍馬が多かったのに対し、最近は色んな種類のペットが増えているとか社会の変化が現れていますが、どの時代も犬は多く飼われていたので犬の病気で変化を見てみます。
すると、明治から大正にかけては感染症や寄生虫によって死んだケースが大半でした。これが戦後になると減ってきた一方で腫瘍つまりがんが増えてきて、近年は腫瘍が一番多い死因になっています。また、脳を解剖すると認知症のようなケースも増えているそうです。
研究の中心になった中山裕之名誉教授によると、人間と同様、衛生状態がよくなり薬など予防・治療法が進歩したことで、感染症などが減り、一方で飼育動物も寿命が延びて高齢化したことで腫瘍などが増えているのだろう。そういう意味で、動物の病気は人間社会の写し絵だとも言えるそうです。
◆感染症の心配はなくなってきた?
死亡数は確かに減りましたが、心配が無くなったわけでは決してありません。
今や珍しい動物=エキゾチックアニマルとも呼ばれますが、爬虫類や両生類などもペットとして飼う人が多くなり、また自然環境の悪化で野生動物がすみかを追われて出てきたりすることで様々な動物が人と接触する機会が増えると、そこから未知の病気が広がるリスクも増していると専門家は指摘します。
だからこそ、動物の病気も私たちの社会に深く関わるものとして、注意していく必要があると言えます。
この委員の記事一覧はこちら