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民間の月面着陸船の打ち上げ成功 民間初の月面着陸へ なぜ民間が月を目指すのか解説します

水野 倫之  解説委員

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民間初の月面着陸を目指す日本のベンチャー企業の月着陸船の打ち上げが先週、成功。なぜ民間が月を目指すのか、水野倫之解説委員の解説。

月というと先日NASAが有人宇宙船の試験打ち上げをしており、国家がやるもんだと思うかもしれない。確かにこれまで月面着陸に成功したのは旧ソ連、アメリカ、中国の3か国で、
いずれも国家のプロジェクト。
これに対して今回は東京に拠点を置く民間ベンチャーの挑戦。

打ち上げは先週アメリカで行われ、当日日本では、東京・日本橋の会社近くの会場に
社員ら60人が集まり、配信される映像で打ち上げを見守った。
ロケットの打ち上げと同時に歓声が上がり、
47分後に月着陸船がロケットから切り離された映像が流れると、
会場ではガッツポーズする姿が見られた。
月着陸船は、その後も地上との通信状況や機体の姿勢も安定しているということで、
来年4月すえに、世界初の民間による月面着陸を目指す。
民間が開発した着陸船は高さ幅ともに2mあまり、本体は、八角柱に近い形をしていて、
着陸時に衝撃を緩和する機能が付いた4本の脚で支える。
本体の上面には、通信機器やカメラが設置され、
側面には太陽電池パネル。これまでの無人着陸船に比べれば小型だが、
内部には最大30キロの積み荷を搭載することが可能。
ベンチャーでは2016年から本格的な開発に取り組んだが、
ここまでの道のりは平たんではなく、民間ならではの工夫や取り組みがあって、
ようやく実現したもの。
その工夫様々あるが、取材を通して感じたのは、
人材の多様性と、スピード感重視の開発体制。

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まず人材の多様性、
ベンチャー企業「ispace」の社員は200人余り、東京のほか、
アメリカとルクセンブルクにも拠点があり、社員の55%が外国籍という多国籍企業。

日本橋にある管制室での着陸船の運用訓練を取材したときも、
管制官の半分ほどは外国籍の社員。
社員の60%あまりを占めるエンジニアも、NASAやヨーロッパの宇宙機関で
宇宙のプロジェクトにたずさわった経験者を多く集めているほか、日本国内からも宇宙関連企業や自動車など民間で経験を積んだ社員らが開発を担う。
例えばNASAでジェット機による天文観測の運用に携わっていたエンジニアもいるし、
日本人ではJAXAで無人輸送船の開発に携わり、宇宙ビジネスに携わりたいとの思いからJAXAを退職して4年前ispaceに参加した技術部門の責任者もいる。
つまり、ベンチャーながらすでに技術力のベースはあるわけ。

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もうひとつの特徴、スピード感ある開発は、技術力はありながらも独自技術にこだわらず、実績ある技術を重視している点。
たとえば月面着陸を成功させる上で、姿勢を自動で制御するシステムは不可欠だが、
日本は月面着陸の実績がなく、すべてを国産で開発するには時間と費用がかかる。このためベンチャーでは、「アポロ計画」で実績のあるアメリカの研究機関と共同開発した。
また着陸に使う逆噴射エンジンも、実績のあるヨーロッパの会社から購入し、
組み立てもヨーロッパの工場で。
実績ある技術を活用することで、コストを抑えながらスピード感ある開発が可能となり、
今回の打ち上げにこぎ着けた。

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なぜ民間が月面を目指すのか。それは月面でビジネスをしたいから。

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近年、月に水の存在を示す研究論文が相次いで発表。
水があれば飲み水になるし、
電気分解して水素を取り出せばロケットの燃料としても使える可能性があり、月は人類が宇宙での活動領域を広げる上で拠点と位置づけられ、各国が月を目指す。

まずはアメリカが2025年にアポロ計画以来となる有人月面着陸を目指して、
先月無人の宇宙船を月へうち上げ、今月地球に帰還。日本もこのプロジェクトに参加。
また、中国はおととし月の岩石などを地球に持ち帰ることに成功し、
今後ロシアとともに月面での研究拠点の建設を行う方針。
国家間の競争が激しくなっており、月面に各国の拠点ができれば、宇宙飛行士の活動もさかんになって月面へ物資を運んだり探査の需要が出てくることが予想される。そこでispaceではまずは輸送ビジネスの参入を目指していて、
2024年には月面探査車を走らせ、2025年にはアメリカの研究機関と共同で月面に物資を運ぶサービスを
NASAに提供する計画で、売り上げはあわせて100億円を見込む。
このように今、月面は国家だけでなく民間にとっても注目の的で、
今回の着陸船開発には日本の航空会社が飛行機の整備技術を生かして
部品の検査の担当したし、自動車メーカーが4本の脚の構造解析を担った。

そして今回すでにビジネスは始まっていて、有償でほかの民間の荷物も多く搭載。
例えばセラミックスメーカーの電池が搭載されていて、将来の月面での利用をにらんで、
低温や高温環境でも動くかどうか月面で実証試験が行われるほか、おもちゃメーカーがJAXAと共同開発した小型ロボットも搭載。
直径8㎝、重さ250gの超小型で、月面に到着するまでは球体で着陸後に
球体が左右に広がり、それぞれが車輪となって左右交互に動かし月面を走行。
というのも月面は砂に覆われていて、重力は地球の6分の1しかない為、
2つの車輪が同時に動いてもうまく月面を捉えられないということで、
開発担当者がウミガメが砂浜を這う様子からヒントを得て、
月面を押さえつけながらよっこらしょと動く方式を思いついたということ。
ただ重量制限から超小型にする必要があり、
メーカーではこれまで開発してきた変形ロボットの技術を応用して
月面に到着してから左右が飛び出す方式にすることで小型化に成功した。
着陸船だけでなく今回多くの民間の挑戦があるわけだが
その民間の挑戦、何も日本だけではない。
ほかにもアメリカの複数の企業が年明け以降、月着陸船の打ち上げを計画していて、
民間の方の競争も今後激しくなりそう。
そうした中、日本がビジネスをリードしていけるのか、まずは4か月後の着陸に注目したい。


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