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"生物多様性"新目標は? デジタル情報が生む利益・暮らしや経済への影響も

土屋 敏之  解説委員

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◆自然の豊かさを守りそこから得られる利益を分け合うことなどを目的とした国際会議が行われている

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これは日本をはじめ世界の190以上の国が加盟する「生物多様性条約」のCOP15という会議で、カナダのモントリオールで12月7日から19日までの予定で政府間交渉が行われています。COP(コップ)と言うと先月、温暖化対策の会議COP27がエジプトで行われていたので「あれっ?」と思う方もいるかもしれませんが、COPは「Conference of the Parties」の略でなんらかの条約の「締約国会議」の意味で使われているので、実は色々な条約のCOPがあります。

◆「生物多様性」とは?

生物多様性とは「個性に富んだ多くの種類の生き物がいて、それらがつながりあって生きている」といった意味です。
近年、ニホンウナギやマツタケなどよく知られた生き物も絶滅危惧種に指定されていますが、このままでは今後数十年で100万種もの生物が絶滅するおそれがあるとも報告されています。
そこで、条約ではこうした生物多様性を守ると共に、持続可能な利用とそこから得られる利益を配分するルール作りなどが目的に掲げられています。

◆生物多様性と私たちの深い関わり

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生物多様性は私たちの暮らしや経済活動にも深く関わっています。
農林水産業は自然の恵みなしに営むことは困難ですし、きれいな水や空気も森林などの働きで維持されている面があります。医薬品の原料になることも多く、例えば抗がん剤の4割以上が自然由来の成分を利用しているとも言われます。
さらに、森林や海の生態系は二酸化炭素を吸収して温暖化を緩和していますし、山林の植生は保水力を支え水害などを防いでいます。
逆に森林開発などで野生動物が住みかを追われ人と接触する機会が増えると、未知のウイルスなどが人に感染するリスクが増し感染症のパンデミックにもつながるとされます。
こうしたことから、世界経済フォーラムは2020年に「世界のGDPの半分を超える44兆ドルが自然に依存しており、生物多様性の喪失は世界経済の重大なリスク」だと報告しています。だからこそ持続可能な利用やそこから得られる利益の配分も重要な課題なのです。

◆生物多様性条約のCOP15ではなにを議論?

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最大の議題は10年ごとの新たな国際目標を決めることです。
これは「ポスト2020生物多様性枠組」と仮に呼ばれていて、その名前の通り元々2020年に決める予定でしたが、新型コロナのパンデミックと開催国だった中国のいわゆる「ゼロコロナ政策」でなかなか会議を開けず延期を重ねてきました。結果的に開催地をカナダに変えて議長国は中国が引き続き務める形で開催に至りました。
昨今は色んな会議がオンラインで開かれていますが、この会議は事前協議などでも難航 しており対面でつっこんだ交渉をしないとまとまらないと見られています。
新目標については、近年多くの生物が絶滅に追いやられ生物多様性が減り続けているの を2030年までに食い止めて逆に回復軌道に向かわせる、というのを大きな方向性と することには各国ほぼ異論がありませんが、それをどうやって実現するか?具体的な目標の設定などをめぐって意見がまとまりません。
そもそも、前回の10年間の国際目標は達成できたものがゼロだったという背景もあります。

◆前回の10年間の目標は世界で達成ゼロ

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前回は2020年までに世界で「森林が失われる速度を半減」とか「海の生態系の悪化を止める」など20項目の目標を掲げていましたが、世界全体で完全に達成できたものはひとつもありませんでした。森林は地域によっては破壊が加速していますし、海の生態系も温暖化や魚の乱獲などでさらに悪化していると評価されました。
この国際目標は達成出来なくてもペナルティーなどはありませんが、事情の異なる各国 に共通の効果的でかつ実現可能な目標を設定することの難しさも浮き彫りになったと言えるでしょう。
こうしたことから、今度こそ実効性の高い目標を定めようということで、新目標の案には「世界の陸や海の30%を保全地域などにする」「侵略的な外来種の侵入を半減させる」 などが挙げられています。
ただ、これらも実現は容易でない上、温暖化交渉などと同様に先進国と途上国の対立もあります。途上国は新目標策定にあたり新たな基金の設立など先進国からの支援の増加も求めています。さらに、最も対立が目立つのが「デジタル配列情報」と呼ばれるものの扱いです。

◆焦点の「デジタル配列情報」からの利益の扱い

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デジタル配列情報とは、生物の遺伝情報のデジタルデータのことです。
これまでも、先進国の製薬会社などが自然豊かな途上国で得た植物や微生物を元に薬を開発して利益を得るなどのケースは多く、条約にはこうした利益の一部を途上国にも配分する規定があります。
ところが最近は、動植物を実際に途上国から持ち出さなくても遺伝子の解析を行ってそのデジタル情報のデータを入手できれば開発につながり利益を得られるようなケースも出てきています。実際、新型コロナのワクチンにはウイルスのデジタル情報を利用して開発が進んだものもあります。しかし、現在のルールにはこうした利益の配分については明確な規定がありません。
そこで、途上国はデジタル情報が生む利益も配分を求めているのに対し、先進国側は反対しています。
ウクライナ侵攻によるエネルギー危機で「環境よりまず当面の経済を」という空気も強い中、各国が対立を乗り越えてどのような形で新目標を合意できるのかが問われています。

◆COP15で新たな国際目標ができたらその後は?

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国際目標ができても、それを実施するのはそれぞれの国であり各国の人たちになります。日本では新目標をふまえて「生物多様性国家戦略」を年度内に改定することになっていて、そこでは国や自治体だけでなく企業や国民にもそれぞれの役割が期待されています。

◆生物多様性 わたしたちにできること

例えば陸と海の30%を保全というのは、国立公園などに限らず地域の里山や緑地、海岸なども含めたものになることが考えられ、その保全や清掃活動などは地域住民の参加が欠かせません。
そして、日々の食生活などの消費行動も重要で、農水産物の地産地消や食品ロスを減らしていくことも新たな国家戦略に盛り込まれる見込みです。
外来種対策も私たちに関係しています。全国で数百万匹も飼育されていると見られるアメリカザリガニやアカミミガメ(ミドリガメ)は元々外来生物で、法律の改正で来年6月から個人が飼育するのは構わないものの捨てたり野外に放つことは禁止になる見込みです。
こうした身近なことを通じて生物多様性について多くの人が意識することが、まず大切なことではないかと思います。


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土屋 敏之  解説委員

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