NHK 解説委員室

これまでの解説記事

知っていますか?デフリンピック

竹内 哲哉  解説委員

m221115_001.jpg

聞こえない人のスポーツの祭典「デフリンピック」が、2025年の11月15日に東京で開幕します。どんな大会なのか、そして社会に与える影響について伝えます。

m221115_v1.jpg
番組では手話通訳をつけました

【デフリンピックとは?】
Q.「デフリンピック」とはどんな大会なのでしょうか。

m221115_002.jpg

A.デフリンピックは英語の「Deaf」(聞こえない人)と「Olympics」を掛け合わせた、聞こえない人だけが参加する大会です。オリンピック・パラリンピックと同じように4年に1度、夏と冬の大会が2年ごとに開かれます。
第1回は1924年のパリ大会。2025年の東京大会は100年になります。日本で開催されるのは初めてです。大会は11月15日から26日までで80の国と地域から4000人を超える選手の参加が期待されています。去年の東京パラリンピックとほぼ同じ規模かそれ以上になります。
目的は「スポーツを通じた平等」。情報のバリアフリーを推進することで、誰もが取り残されない世界の実現を目指しています。
聞こえない人が大会の運営を担うので、コミュニケーションは音声言語ではなく国際手話になっているのも特徴で、”手話は言語”という理解を広めることにもつながっています。

【どんな競技?】
Q.手話で大会が運営されるというのは想像していませんでした。素朴な疑問ですが聞こえない選手はパラリンピックに出場していないんですか。

m221115_003.jpg

A.多くの人に聞かれますが、パラリンピックには聞こえない人のカテゴリーはないんです。耳が聞こえず、目が見えないという選手はいます。
デフリンピックの競技ですが、東京大会では国際オリンピック委員会が認めている21の競技が予定されています。珍しいところで言うと、聞こえない人に人気のオリエンテーリングやボウリングもあります。
ルールはオリンピックや聞こえる人の世界選手権とほぼ同じで、パラリンピックのようなクラス分けはありません。
出場できるのは、補聴器や人工内耳をつけていない状態で、日常会話よりも大きな音でないと聞き取れない人たち。プレー中はもちろん練習の時から補聴器や人工内耳を使うことは認められていません。不正が行われないよう専門の資格を持った検査技師によって診断されます。

【聞こえなくても見て分かるために】
Q.聞こえない状態での競技、たとえば、スタートのピストルの音はどのようにして分かるようにしているのでしょうか。

A.それは「目で見てわかる」ようになっています。陸上のスタートだとランプをセットして色でタイミングを伝えます。

m221115_005.jpg

赤が「位置について」。

m221115_006.jpg

黄色が「ヨーイ」。

m221115_007.jpg

白が「スタート」です。
ほかにも、旗などで反則などを知らせる競技もあります。

m221115_008.jpg

たとえばサッカー。すべての審判が旗を持っていて、笛も吹きますが旗や手をあげて反則などが起きたことを選手に知らせます。
競技会場には大型モニターが設置され、試合の進行状況や結果が手話や文字で伝えられます。

Q.常に目で見て分かるように工夫されているんですね。

m221115_009.jpg

A.ことしブラジルで行われたデフリンピックで4つの金メダルと3つの銀メダルを獲得した競泳の茨隆太郎選手にお話を伺ったところ「日頃は聞こえる選手の試合に出ていますが、いつも緊張している。デフリンピックは見て情報が分かるので、安心して試合に集中することができる」ということで、力を発揮できたとのことでした。

【日本選手の活躍は】
Q.工夫があって選手たちが力を発揮できたということですが、それにしても茨選手。7つのメダル獲得はすごいですね。ほかの日本選手はいかがでしたか。

m221115_010.jpg

A.大会は新型コロナウイルスの感染が拡大し、日本選手団のなかにも感染者が出たため、終盤の競技の出場を辞退するという残念なことが起きました。
ただ、そこまでで日本は過去最多の30のメダルを獲得。空手の小倉選手、競泳の藤原選手、自転車の蓑原選手らが複数のメダルを獲得して、活躍しました。

【大会への課題は?】
Q.東京大会でも選手たちの雄姿を期待できそうですが、大会に向けての課題はありますか。

A.一番はデフリンピックへの関心が低いことです。2021年に日本財団が調べたデフリンピックの認知度は16.3%。同じ調査でパラリンピックは97.9%でしたから非常に低いと言わざるを得ません。
全日本ろうあ連盟の倉野直紀理事は「聞こえないことがプレーにどう影響し、選手たちがどのように補っているかが分かりにくい。魅力を伝えるのが難しい」といいます。

【聞こえないことのプレーへの影響】
Q.どうすれば、魅力が伝わるでしょうか。

m221115_011.jpg

A.選手たちがどういった状況でプレーしているかを知ることが大事だと思います。団体競技が分かりやすいですが、たとえばバレーボール。聞こえる選手同士であれば選手が死角に入っても、瞬時の声に反応することができます。
聞こえない選手は声に反応できないので、視覚で補ってプレーします。聞こえない選手は視野が広く横の動きに対する動体視力も良いという研究結果もあります。そこに注目すると、選手のすごさを感じられると思います。

Q.ほかにはありますか。

A.聞こえないことのスポーツへの影響を理解することだと思います。というのも、聞こえないことが間接的に体力や技術力に影響を及ぼし、競技レベルを下げてしまっているということがあるからです。
筑波大学の齊藤まゆみ教授が難聴者を対象にした調査によると
1.幼少期から様々な遊びや運動を経験できていない
2.専門的な競技指導が受けられない
 といったことなどが分かっています。
齊藤教授は「コミュニケーションが壁となり遊んだり、スポーツをしたりする機会が身近な環境で保障されていないことが、聞こえない人の競技力の向上の妨げになっている」といいます。

m221115_015.jpg

聞こえない人たちはコミュニケーションがスムーズに進まないとき、聞こえる人から少なからず面倒くさがられるという経験をしています。そのため「相手に嫌がれないよう」に分かったふりをして、周りに合わせてしまいます。そうすると、聞こえる人も分かっていると勘違いをしてしまいます。
この小さなズレの積み重ねが、聞こえない人の潜在能力を引き出せない要因にもなっているわけですが、逆に言えば、選手たちを見ることで聞こえない人への接し方を考えるきっかけになるわけです。

【まとめ】
Q.デフリンピックの開催が、聞こえない人の理解につながると良いですね。

A.デフリンピックの競技にはありませんが、デフラグビーでは観客が「トライいけー!」というときには「TRY」と書かれたプラカードを。「審判の笛がなった~!」と教えるときには笛の絵が描かれたプラカードを掲げることもあるそうです。

Q.会場が一体になるということですね。

A.聞こえない選手たちに応援をどう届けるか。そういった工夫は聞こえない人の特性を理解して初めて生まれます。
パラリンピックの開催は特にハード面、施設や公共交通機関などのバリアフリーが進みました。デフリンピックはもう一歩進んで情報やコミュニケーションなどの障壁を取り除く。聞こえない人はもちろん、その他の見えない障害について理解を深めるきっかけになればと思います。


この委員の記事一覧はこちら

竹内 哲哉  解説委員

こちらもオススメ!