さまざまなトラブルを話し合いで解決する「調停制度」ができて100年。10月に天皇皇后両陛下も出席されて、東京で記念の式典が開かれました。
今回は100周年を迎えたこの調停制度についてです。制度はどう変わってきたのか。そして今後の国際化への対応として何が求められるのか、
調停制度の「これまで」と「これから」を解説します。
【調停とはどのようなもの?】
Q:この調停とは、どういうものなのでしょうか。
A:法廷で開かれる裁判とは別に、調停委員などを交えて話し合いで解決をめざす手続きです。
1つが「民事調停」でお金の貸し借りや借家などをめぐるトラブルです。もう1つが「家事調停」で離婚や遺産相続の争いです。
現在は全国で民事調停が年間約3万件、家事調停が年間約13万件、申し立てられています。
通常は裁判官1人と民間から選ばれた調停委員2人が参加して、裁判所の中の部屋を使って、非公開で話し合います。
民事調停の場合、通常2、3回、期間はおおむね3か月以内ということです。
調停委員は弁護士や税理士など専門家が務める場合もあれば、地域で活動をしている人や元学校の先生など一般の人が務めることもあります。
Q:お金はいくらくらいかかるのですか。
A:例えば家事調停の場合、手数料は一律で1200円です。話し合いで合意に至らなければそれで手続きは終わりますが、合意に達すれば、その内容は書類にまとめられて、判決と同じ効力を持ちます。
つまり、平均すると裁判と比べて期間も短く、料金も安い。そして非公開で行われるわけです。
【100年前の調停ってどんな様子?】
Q:その調停が100周年ということですが、では、昔はどうだったのでしょう。
A:ちょっと調べてみました。こちら、100年前、調停制度の法律ができたことを伝える大正11年の新聞です。
Q:調停の記事はどれでしょうか。
A:ここです。拡大すると、「借地借家調停法案修正可決」と報じられています。制度の最初は土地や家の貸し借りに関する調停だったのです。
ただ、当時の報道ぶりを引用してみますと、小さい記事でそれほど注目されたとは言えないようです。
続いて昭和14年には、人事調停法が施行され、離婚など今でいう家事調停に相当する制度も始まりました。
当時、司法省の幹部が雑誌の座談会で解説した内容が残っています。
「家族間の紛争、親戚間の紛争、そのほか家庭に関係したごたごたは、なんでも調停してもらうことができます」。
Q:頼もしいですね。
A:ところがこういう発言もありました。
「いくら家庭的な争いでも、日本の美しい家族制度に反するようなわがままな申し立ては調停してもらえません」(司法省大森洪太民事局長(当時)の発言 主婦の友昭和14年8月号より)
Q:あらら、なんだか様子が違いますね。
A:戦前は特に女性の権利は不当に低いものでした。似た制度と言っても実情は今と同じとは言えないようです。
ただ、借地や借家の調停は翌年に関東大震災が起きて申し立てが急増します。また、家事調停は戦後、男女平等などを定めた新しい憲法のもとでやはり件数が急増します。
つまり、調停制度は社会の変化によって、人々のニーズに応じてきたといえるでしょう。
【高齢世代の働き方変化への対応も】
Q:では100周年で、これからの課題は何でしょうか。
A:ここからは制度の現状と課題をお話しします。実はいま調停委員のなり手が減っています。今年は21年前よりも6千人も減っています。
理由はいくつかあると思うのですが、現場で話を聞くと、企業や公務員などの働き方の変化が背景の1つにあるようです。
調停委員はいわゆる定年が70歳です。かつては公務員や企業を60歳で定年退職して、70歳まで10年間、社会貢献という人が多かったそうです。
ところが、今は定年延長や雇用継続で65歳まで働き続ける人が多くなりました。そうなると、65歳で仮に調停委員になっても、5年間、つまりこれまでの半分しかできないということになります。
現場で調停委員に話を聞くと、いくつも掛け持ちをして忙しい人も少なくないようです。
働き手不足で高齢の労働力を求める動きは今後も続くとみられます。そうした中で、今後ますます調停委員を確保することは難しくなってくる恐れがあります。
【調停委員は“日本国籍が必要“】
Q:そうなると調停委員を増やすことも大事ですね。
A:ところが、こうした傾向に逆行する問題があります。それが調停委員の国際化です。実は調停委員、今は日本国籍を有する人に限定されています。外国籍の人は最高裁が任命を認めない状況が続いています。
神戸市に調停委員が認められなかった人がいます。
弁護士の白承豪さん。韓国・ソウル生まれで12歳の時に父親の仕事のため家族で日本に移住し、93年に外国籍のまま日本の弁護士になりました。
2017年には兵庫県弁護士会の会長、19年には日弁連・日本弁護士連合会の副会長を歴任しています。
弁護士会は、白さんを家庭裁判所の調停委員に推薦しました。
ところが、裁判所からは、白さんともう1人の外国籍の弁護士の2人だけ、「調停委員に任命上申しない」という返事が返ってきました。弁護士会はその後も何度か申請をしましたが、その都度、退けられてきました。
「(白承豪さん)強く言うと差別だと思うが、そういう扱いをいまだにされることは、法律を勉強したものとしては、情けないと思う」
【どうして外国籍が認められない?】
Q:どうして白さんが認められないのですか。
A:調停委員は非常勤の公務員という扱いです。規定には国籍のことは書かれておらず、裁判所の運用となっています。
ただ、最高裁は国会で「公権力の行使または国家意思の形成にかかわる公務員に該当するため日本国籍が必要」などと説明しています。(2021年4月8日参議院法務委員会より)
さらにその理由として最高裁は「調停が成立した場合、確定判決と同じ効力を持つや事実を調査する権限があること」などをあげています。(2020年4月7日参議院法務委員会より)
一方で、調停委員は双方の争いを解決する役割で、いうなればボランティアに近いとも言えます。
白さんは弁護士なので、実は弁護士として調停に立ち会ったことはあるそうです。最高裁のこうした説明について白さんは「調停委員は当事者と話し、納得してもらう仕事だ。公権力を行使したり、国家意思の形成にかかわったりすることはない。これが法律をつかさどる裁判所の対応として、本当に望ましいことなのか」と話しています。
【調停制度も国際化への検討を】
Q:国際結婚も増えていますから、外国の人がいれば、当事者にとっても安心することがあるのではないでしょうか。
A:日本に長期滞在している外国人は、特別永住者を含めて270万人に上ります。
私が話を聞いた調停委員の中には、やはり「国際結婚の離婚調停などで苦労した経験がある」とか「調停委員のうち1人が外国籍の人だと助かる」と話してくれた人もいました。
また、日弁連も「最高裁の現在の対応は不当だ」とする意見書をまとめています。
今回、私は調停制度が社会の変化に対応して人々のニーズに応えてきたことを伝えました。100周年を迎えて、ますます多様な人材を確保していく必要があると言われます。
そう考えると、調停委員についても国際化に向けた検討を始めていくべき時期に来ているのではないでしょうか。
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