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アートが広げる"可能性"

竹内 哲哉  解説委員

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10月15日から23日まで下町情緒あふれる東京・深川地域で街全体を美術館に見立てた芸術祭が開催された「アートパラ深川 おしゃべりな芸術祭」。神社仏閣、商店街や川沿いなどに展示された個性豊かな作品に、道行く人々は足を止め見入っていました。

「芸術の秋」ということで、“アート”がテーマです。

Q.こちらが芸術祭に寄せられた作品ですか。

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A.はい。この芸術祭は2020年に始まり今回で3回目を迎えましたが、今年は全国から547点の応募がありました。そのなかの6つの作品です。

Q.色鮮やかで、ネーミングも個性的ですね。

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A.審査も行われて、デザイナーのコシノジュンコさんや華道家の假屋崎省吾さんらが一つ一つの作品を丁寧にみて厳正に審査し、大賞・準大賞を決めました。協賛している企業や地元が選んだ賞もあります。

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大賞は「南海本線車両の色」。

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作者は大阪のアトリエで活動する有田京子さんです。大賞の作品の制作にはおよそ6か月を費やしました。
食べることとゲームが大好きで、当初は洋服を描いていましたが、いまは様々なものを描きます。その集中力は圧巻です。

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お気づきかもしれませんが、この芸術祭は「アートパラ深川」と「パラ」がついているように「社会生活において何らかの障害のある人」たちの芸術祭です。障害がある人の作品であることを、あえて強調しなかったのは「先入観なく純粋に絵を見てほしかった」からです。

【アートの受け止め】
Q.絵の好みは人それぞれですし、素晴らしいと思うのに作者の障害のあるなしは関係ないですもんね。

A.おっしゃる通りです。たとえば、ゴッホやムンク、山下清のように障害がある画家は、障害があるから評価されたのではなく、作品が素晴らしいから評価されているわけです。

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この取材を通して印象に残ったのは、芸術の専門教育を受けてきた人が彼らの絵を見て「涙した」とか「うらやましいと思った」という話です。
絵のすばらしさや才能に心打たれた、力をもらったということなんですが、背景あるのは、絵を描くことが「入学するため」「教授に気いられるため」「卒業するため」という手段になっていて、息苦しくなってしまったということでした。
いまの芸術における画一的な教育があるのではないか、障害のあるアーティストの絵を描く姿勢、なにものにもとらわれずに自由に描く姿こそが芸術と向き合う本来の姿ではないか、という意見もありました。

【アート×人と街】
Q.街全体を美術館に見立てるというのは、珍しいんでしょうか。

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A.仙台や奈良、鳥取など自治体や商店街などと連携して障害のあるアーティストの作品を街に飾るという取り組みは以前から、いくつか行われています。
ただ、深川は作品が全国から寄せられ非常に数が多いということや、エリアも広いということで全国でも指折りの取り組みだと思います。

Q.街なかにアートを展示するというのはメリットがあるんでしょうか?

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A.一番は美術館で開くよりもより多くの人が作品に触れたり関わったりできることだと思います。
美術館には美術館の良さもありますが、意識して行かなければ見ることはできません。しかし、街なかに飾られていれば、意識しなくても目に入ってきます。気になったら足を止めればよいわけです。私も深川に見に行ったのですが、結構、見入っている人の姿を見かけました。
そして、携わる人の数も美術館での開催とは比べものになりません。今回参加したボランティアは400人を超え、作品を置く場所を提供してくれた店舗も年を重ねるごとに増えてきています。ボランティアに話を伺ったところ「深川のお祭り気質も手伝って、地域の盛り上げにもつながっている」ということでした。

【アート×企業】
Q.協賛企業もあるとういうことでしたが、そうした関係の広がりもありますよね。

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A.参加をきっかけにユニークな取り組みをしたところがあります。生命保険会社なんですが、芸術祭とは別に障害のあるアーティストを対象にした10周年記念キャラクターの全国公募を行いました。すると300点を超える作品が集まりました。
大賞は社員による投票で決定。「ノベルティーとして使うのにふさわしい絵柄を選んでほしい」と呼び掛けたところ、1000を超える投票が集まり、こちらのキャラクターが選ばれました。
担当者によると、会社のイメージを左右するため「自分のこととして真剣に考えていた」ということでした。いまもアーティストとは業務提携をしており、今後の展開を考えているそうです。

Q.ほかにも取り組みはありますか。

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A.作品と商品のコラボです。たとえばTシャツ。協賛企業のひとつ、アメリカのアウトドア・フットウェアブランドが去年の作品のなかから6つを選んで商品化しました。
Tシャツはデザインが良いと口コミで評判を呼ぶ大事な商品です。そのため慈善事業という感覚はまったくなく、社内では検討に検討を重ねて作品を選んだそうです。
商品が掲載されたホームページにはアーティストの思いも掲載されていて、Tシャツをきっかけにアーティストを知る入口にもなっています。
もちろん作品の使用料はアーティストの収入になります。店頭価格の10%が支払われる契約になっています。これは一般的な契約だということでした。

【アートが広げるつながり】

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芸術祭を企画し、総合プロデューサーを務める福島治さんは「アーティストの権利を保護し、収入支援や社会参加に結び付けることが大事」であり、「アートを通して人と人が出会って会話をすることが、お互いの理解につながる」といいます。

【まとめ】
Q.アートを通してアーティストの人生が豊かになるといいですよね。

A.絵を描くことは自己肯定感につながったり、心を落ち着かせたり。コミュニケーションの手段になっているという人もいます。たとえ、お金にならなくてもそうしたアートの効能も忘れてはならないと思います。
すべての障害のある人がアートでお金を稼げるわけでも社会参加できるわけでもありませんが、そうした活動をする才能ある人はまだまだ世の中には埋もれています。その才能を発掘し、世間にもっと知ってもらう。そのためには正当に彼らのアートを評価できるようになる素地を作っていくことが必要だと思います。
そして、「障害がある人のアート」から「障害」という枕詞が消え、私たちの生活の一部に、彼らのアートが当たり前に存在するようになったとき、いまよりもっと暮らしやすい、多様な人を認めあう社会に近づけるのではないでしょうか。


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