クジラ肉を食べたことはありますか。給食でよく食べたという方から、まったく食べたことがないという方までいらっしゃると思います。
このクジラ肉の消費拡大を、政府や業界ぐるみで目指している動きに注目します。
まず、押さえておくべきことがあります。「クジラ肉を食べる」ことには、長い間、賛成・反対で激しい論争がありますし、さまざまな考え方があるということです。
ただ、政府としては「日本にはクジラを利用してきた歴史があるうえ、科学的な調査で十分にいることが分かっている。だから一定量をとっても問題がない」という立場で、3年前から商業捕鯨を再開しています。
【ほとんどなくなったクジラ肉の消費】
とはいえ、クジラ肉は日本でどのくらい消費されているのか、気になるところです。
農林水産省が発表している食料需給表のうち、肉類の数字です。日本で1人あたり、どのくらいの肉を消費したか知ることができます。
2020年度でいうと、多い順に鶏肉が13.8kg、豚肉が12.9kg、そして牛肉が6.5kgと続いています。では、クジラ肉の消費量はどれくらいかというと、答えはゼロ。統計に表れないほど少ないということを意味しています。
厳密には2020年度、クジラ肉はおよそ2000t生産されているので、ごくおおざっぱに日本の人口、1億2000万人で割ると1人、10~20gくらい。肉にすると、小さいもので2切れとか3切れくらいです。
【かつてはもっとも身近な肉】
しかし、昔は違いました。クジラ肉の生産量の推移をみると、戦後、ピークだったのは、いまからちょうど60年前、1962年度、最初の東京オリンピックが開かれた2年前です。
この年、クジラ肉の消費量は2.4kg。豚肉の2.7kgに次いで多く、1.3kgの牛肉、1.0kgの鶏肉よりも断然多い数字でした。
【クジラ肉の消費拡大を目指すわけ】
しかし、これだけ減っているのだから、たくさん食べるものがある中で、わざわざクジラ肉の消費拡大を進めなければいけない理由はないという疑問もわいてきます。
それでも政府や業界としては、3年前に商業捕鯨が再開され、安定供給の素地ができ、事業を軌道に乗せたいという思惑があります。
ここまでには長いいきさつがあります。
生産量をみるとわかるように、日本はかつてクジラ肉の大消費国で捕鯨も盛んでした。しかし、乱獲もあってクジラの数が激減。IWC=国際捕鯨委員会では、1982年「商業捕鯨の一時停止」が採択されました。日本は当初は異議申し立てをしましたが、その後、受け入れ、1988年から商業捕鯨を停止しました。
日本はIWCの場で資源が回復している種類を対象に捕鯨の再開を訴えてきましたが、捕鯨・反捕鯨で真っ二つに分かれて、再開の展望が開けないと考え、3年前の2019年、IWCを脱退。商業捕鯨を31年ぶりに再開することになりました。
商業捕鯨を停止していた31年間、まったくクジラ肉が食べられなかったわけではありません。
この間、クジラの生態や資源の量などを把握するため、「調査捕鯨」が続けられ、捕獲したクジラの肉は出回っていました。ただ、それはあくまでも副産物で品質にもバラつきがありました。
3年前からは純粋に商業目的になったため、品質の良い肉を生産することに集中できるようになっています。反面、商業目的ですから、もうからないと続けられません。業界は消費拡大のために模索を続けています。
【売り込みに躍起 捕鯨会社】
8月31日、東京の豊洲ふ頭を訪れると、ふだんは見かけないクジラを捕獲する捕鯨船が入ってきました。
船は三陸沖で行っていた漁を荷揚げのために中断してきたということです。積んできたのはニタリクジラの冷蔵肉です。捕鯨会社では、クジラ肉は一般的に冷凍で貯蔵するため、「生」の肉は貴重だとしています。
捕鯨会社「共同船舶」の所英樹 社長は「おいしい生肉をたっぷり積んで帰ってきました。みなさん、ぜひ食べてみて『これがクジラだったんだ』と感じてもらいたい」とPRに躍起でした。
その2日後、生のクジラ肉は東京・上野の食料品店の店頭に並びました。
値段は100g、580円。水産物としては高めですが、クロマグロよりは少し安いくらいという設定です。
捕鯨会社では、生の肉はうまみ成分が凝縮されているとアピールしていて、ことし1年間で5回程度、販売を行うということです。
かつて給食で食べたという客は「ふだん、扱っていないから珍しいなと思った」と話していました。一方、同じ店に来ていた40代の女性は「以前、お店で食べた時、すごくおいしかったので家族にも食べてもらいたいのできょうは来ました。もっとふつうにお店で、いろんなスーパーで売ったらいいんじゃないかなと思います」と話していました。
【若い世代への浸透をねらうが】
捕鯨会社がこうしたキャンペーンを行うのは、クジラ肉になじみがない人が多いことの裏返しです。
商業捕鯨が停止された1980年代後半から、ほとんどクジラ肉は生産されていません。クジラ肉をそもそも食べたことがないという若い人も多く、生の肉を食べて「クジラの肉はおいしいんだ」と知ってもらえば、継続的な消費につながるはずだという算段です。
それでも、今のままでは消費拡大には制約があります。2020年度の生産量は、先ほども言ったように年間2000t程度。
量が限られているのは、水産庁がクジラの資源量に基づいて捕獲枠を決めているからです。日本の排他的経済水域内で、年間でミンククジラ133頭、ニタリクジラ187頭、イワシクジラ25頭のあわせて345頭です。
そこで捕鯨会社では、来年、アイスランドから輸入したナガスクジラの肉を販売し、流通するクジラ肉の量が倍増する見通しです。さらに水産庁は、再来年の2024年をメドに捕獲できるクジラの種類を増やすことを目指し、調査を進めていくということです。
【消費拡大のために必要なことは】
ただ、消費拡大を進めるにあたって、忘れてはいけないことがあります。
まず、捕鯨に反対の声が根強いということです。水産庁によりますと、日本が脱退したIWCでは、いまも欧米を中心に加盟している国の半分を超える48か国が捕鯨に反対の立場で、国際的に捕鯨への風当たりは強いと言わざるを得ません。
日本国内の中にも捕鯨に反対だったり、クジラ肉を食べることを敬遠したりする人はいます。さまざまな価値観があるということは、消費者もしっかり認識しておく必要があります。
もう1つ、重要なことはいかに消費が拡大しても、資源に悪影響を与えることは決してあってはいけないということです。商業捕鯨を再開するにあたって、日本の正当性の根拠は、科学的な調査に基づいて豊富なことが分かった水産資源は持続的に利用するという立場にあります。反発を受けている大きな要因は「日本の乱獲」という過去の行動があることを忘れてはいけません。
「クジラの資源を守りながら、その範囲で消費が広がるというサイクルを回す」。狭い道かもしれませんが、それが持続的にできなければ、日本の漁業として定着することは難しいと思います。
(佐藤 庸介 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら