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将棋 藤井聡太五冠 タイトル戦で際立つ強さ

高橋 俊雄  解説委員

将棋の藤井聡太五冠が今月、「王位戦」を制してタイトルを防衛し、タイトルの通算獲得数を二桁の「10」に伸ばしました。
「タイトル10期」は9人目ですが、藤井五冠は「最年少・最速」。しかも圧倒的な勝率を誇ります。
タイトル戦という最高峰の舞台で、なぜこんなに強いのでしょうか。

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■歴代9人目 その中でも・・・

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タイトルは、すべての棋士が一度は手にしたいと目標にしている「頂点」で、全部で8つあります。このタイトルをかけて、それぞれ年に一度、前回勝ったタイトル保持者と予選などを勝ち抜いた挑戦者が五番勝負や七番勝負を繰り広げます。
今回の王位戦は、3連覇を目指す藤井五冠が豊島将之九段の挑戦を受けました。
王位戦は七番勝負で、プロ野球の日本シリーズのように先に4勝したほうがタイトルを獲得します。
藤井五冠は第1局で敗れて黒星スタートとなったものの、その後4連勝し、タイトルを防衛しました。

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藤井さんは「王位」のほか、「竜王」「叡王」「王将」「棋聖」を保持しているので、「五冠」です。
これは現在持っているタイトルの数です。今回「王位」のタイトルを防衛しましたが、以前から持っていたので、「五冠」自体が変わるわけではありません。
一方、新たにタイトルを奪ったり防衛したりすれば、「通算の数」が1つずつ増えていきます。藤井五冠はおととし棋聖のタイトルを初めて獲得し、その後、順調に数を増やしていきました。

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そして今回、王位を防衛したことで、その数は二桁の10期に達しました。これは歴代の棋士の中で9人目です。
現在、通算の数が最も多いのは羽生善治九段で、その数は「99」。前人未到の100期に王手をかけています。
2位は大山康晴さん、3位は中原誠さんと、歴代のそうそうたる棋士が並んでいます。
こうした記録と比べると、10期はまだ少ないようにも見えますが、注目していただきたいのは藤井五冠の若さです。

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藤井五冠は現在20歳1か月。今回の王位戦が20代最初のタイトル戦です。
タイトル10期を獲得したこれまでの最年少記録は羽生九段の23歳4か月ですが、藤井五冠はこれを3年以上更新しました。
一方、初タイトル獲得から10期までに要した期間は2年1か月。これまで最速だった中原誠さんの「4年0か月」を塗り替えています。

さらにすごいのは、タイトル戦での勝ちっぷりです。
これまでの勝敗を一覧にすると、いくつかの特徴が見えてきます。

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まず、登場した10回すべてでタイトルを獲得しています。タイトルを奪えなかった、あるいは防衛できなかったということは、これまで一度もありません。
10回のうち5回は黒星のないストレート勝ち。相手に1勝もさせずにタイトルを獲得しています。
同じタイトル戦での連敗はゼロ。一度敗れてもきっちりと巻き返しています。
通算の勝敗は35勝6敗で、勝率は四捨五入して8割5分4厘と、圧倒的な強さを見せています。

■「同じ相手に負けない」強さ

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タイトル戦では同じ相手との対局が続きます。中でも藤井五冠が最も多く戦っているのが、今回の相手、豊島九段です。10回のうち4回、顔を合わせています。
実は去年の王位戦が始まるまで、藤井さんは豊島さんに1勝6敗と大きく負け越していました。ところがタイトル戦での連戦が始まると、去年は王位、叡王、竜王と立て続けに3つのタイトルを取り、今回の王位戦も制しました。

苦手だったはずの相手に、なぜ勝てるようになったのか。去年の竜王戦のあとNHKが行ったインタビューに、その答えの一端が示されています。

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この中で藤井五冠は、「1人の方とこんなに続けて対局することはなかったので、対戦を重ねることで相手の将棋や考え方がより深くわかるところがあった」と明かしました。対局中、相手の出方を十分に見極めたうえで、最善の手を繰り出していたことがうかがえます。
一方の豊島九段は、藤井さんの強さについて「自分には難易度が高かったと感じる局面でも、藤井さんは正確に読めていると感じることが多くあった」と説明しています。
「竜王戦のほうが将棋のクオリティーが高かった気がします」とも話し、対局を重ねるごとに藤井さんが進化していることを実感したようでした。

■「持ち時間の長さ」を武器に

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今回の王位戦は、持ち時間がそれぞれ8時間、つまり二人合わせて16時間あり、2日にわたって対局が行われました。将棋の持ち時間は対局ごとに異なりますが、2日制という長い時間の対局は、タイトル戦ならではのものです。
藤井五冠が経験したタイトル戦の中では、王位戦のほか、竜王戦と王将戦も持ち時間がそれぞれ8時間の2日制です。
これらの勝敗を抜き出してみると、20勝2敗、勝率は9割9厘となります。
藤井五冠のプロ入り後の全成績は278勝56敗で、勝率は8割3分2厘。
全体の平均よりも最高峰の戦いであるタイトル戦のほうが勝率が高く、中でも2日制の対局は9割超えと、大きな舞台ほど力を発揮しているのです。
藤井五冠はみずからも認める「長考派」で、ことし2月の記者会見では「2日制というか長い持ち時間だと戦いやすいところがある」と話しています。
序盤や中盤でじっくり時間を使うことができ、最善の手筋を導き出すことにつながっていると考えられます。

■タイトルをめぐる戦い このあとは

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藤井五冠が現在持っていない3つのタイトルの中で、このあとタイトル戦に出場できる可能性が最も高いと思われるのは「棋王戦」です。現在、挑戦者決定トーナメントでベスト8に勝ち進んでいます。
「名人戦」の挑戦者になるには、トップ棋士10人がしのぎを削る「順位戦・A級」というリーグを勝ち抜かなければなりません。藤井五冠は現在1勝1敗。対局は来年3月まで続くので、結果がどうなるのか、まだ何とも言えません。
一方、王座戦は、今期は挑戦者決定トーナメントの初戦で敗れ、挑戦者になることができませんでした。

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現在持っているタイトルの防衛戦としては、八大タイトルの中で序列が一番上の「竜王戦」七番勝負が来月7日から始まります。相手は4年前にこの竜王戦を制した広瀬章人八段です。
藤井五冠は広瀬八段に対し、これまで5勝1敗と勝ち越しているのですが、実はこの1敗は「大きな負け」でした。
2019年11月、王将戦の挑戦者を決めるリーグ戦の最終局。藤井さんは、この対局で広瀬さんに勝てばタイトル初挑戦を決めることができたのですが、王手の受けを間違えるミスをして敗れたのです。
藤井五冠はこうしたトップ棋士との勝ち負けを経験しながら力をつけ、その後のタイトル戦での快進撃につなげています。一方、広瀬八段は今年度、10勝3敗と好調です。
二人がタイトル戦で顔を合わせるのは初めてです。
藤井五冠が得意の2日制でタイトルを防衛するのか、それとも広瀬八段が藤井五冠からタイトルを奪う最初に棋士になるのか、注目の対局となりそうです。

(高橋 俊雄 解説委員)


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