◆そもそも「核融合」とは?
私たちの体や身の回りの物質も、ごく小さな「原子」から出来ていて、この原子は中心に原子核があり、まわりを電子がとりまいています。
「核融合」というのは、この原子核が他の原子核とくっついて別の物質に変わる核反応のことです。例えば水素の原子核が複数くっつくとヘリウムという物質に変わり、このとき 膨大なエネルギーが発生します。太陽でエネルギーを生み出している反応でもあります。
この核融合を含む「次世代革新炉」と呼ばれる新たな原子力技術について、岸田総理が先月、脱炭素社会に向けて開発の検討を指示するなど日本でも最近注目されています。
◆実際の核融合施設も既に建設が進んでいる
これは、「ITER(イーター)」国際熱核融合実験炉とも呼ばれてきたプロジェクトです。元々は冷戦末期に米ソが協力して核融合を実現しようと合意したのが発端で、2006年には世界各国によるITER協定が署名されました。一昨年からはフランス南部で核融合炉の組み立ても始まっています。コロナ禍で作業に遅れも出ましたが現在は順調に進んでいるそうで、現状では2035年に核融合の運転を開始予定です。
参加国にはロシアも入っていますが、現時点では変わらずヒト・モノ・カネの分担も続けていると言います。
◆2035年というとあと十数年で核融合が実現?
これは、2035年に核融合が「実用化」するという意味ではありません。
実は既に短時間・小規模な核融合反応自体は実現しています。ITERはこれをより大型化・効率化した「実験炉」と呼ばれるもので、縦横高さが30mもある巨大な装置ですが、「効率よく安定して核融合反応を起こす」技術の蓄積が目的で、発電などはまだ行いません。これがうまくいったら今世紀中頃に発電も行う「原型炉」というものを建設した上で各国が商業的に成り立つかなど実用化の判断をする計画です。
核融合が私たちの暮らしや社会を支えるエネルギーとして普及するとしても今世紀後半以降になると見られます。
◆なぜ、核融合が注目されている?
大きな理由は、現在の原子力と共通しますが二酸化炭素を出さず大量のエネルギーを生み出せるので温暖化対策になる、という点です。ただし、いま急がれている温暖化対策は「2050年にCO2排出を実質ゼロ」という時間軸ですから、そこには間に合いません。あくまでその先の将来的な脱炭素社会を支えるエネルギーに、という期待になります。
もうひとつの長所は、燃料が豊富で国際情勢の影響も受けにくい点です。ITERの燃料になるのは水素の一種である放射性同位体のトリチウムなどで、これらは海水からほぼ無尽蔵に作り出せるとされます。
さらに、核融合では現在の原発と違い高レベル放射性廃棄物が出ない、それらの最終処分場をどこに建設できるか悩む必要がない、という長所も挙げられています。これは、原発ではウランが核分裂して高レベルの放射性物質ができるのに対し、核融合では水素と水素がくっついて出来るのが、ヘリウム風船にも詰められているようなただのヘリウムだからです。ただし、放射能レベルが比較的低い廃棄物は出ます。
◆原子力の新しい技術に不安もあるのでは?
確かに新たな巨大技術ですし、安全の確保はなにより重要です。
核融合は原理的には現在の原子力より安全性が高いとも言われます。というのも、核融合を起こすためには強力な磁場で超高温の水素の原子核を封じ込め続ける必要があるため、万一なにかトラブルが起きると自然に止まってしまう、つまり原理的には暴走することがない反応だからとされます。とは言え「想定外」のことは起こりえるものですから、安全性の追求は今後も徹底していかなくてはなりません。
また、燃料となるトリチウムは福島第一原発の処理水にも含まれている放射性物質で、その管理や社会への十分な説明も欠かせません。
◆核融合が実際に世の中に普及するための課題は?
核融合を起こすこと自体は既に可能ではあっても、実用化するにはより効率よく安定的に核融合を続ける技術を確立する必要があります。
そして、最大の課題は「経済性」かもしれません。ITERの総建設費は200億ユーロ、日本円で3兆円近くになるとも言われ、日本はおよそ1割を分担するほか、その後の原型炉や商業炉の建設にも費用がかかります。日本はITER計画など核融合の推進に毎年200億円支出していますが、その費用対効果や将来的な発電コストの検証なども必要です。
◆ITERはフランスに建設されているが日本はどんな役割?
日本は技術面でもITER計画に大きく貢献しています。核融合を起こすためには極めて強力な磁場=磁石の力で水素を封じ込める必要がありますが、その「超強力な磁石」など多くの重要部品を日本が製造しています。
また、ITER機構のトップである機構長も、今年春から日本の多田栄介さんが務めています。先日帰国した多田さんは、日本の核融合技術は世界トップクラスだとした上で、資源小国の日本が将来の安定エネルギーとして核融合の実現に向けたビジョンと戦略の議論を進めるよう訴えました。
◆日本の課題は?
トップの多田さんこそ日本人ですが、全体としては計画を支える人材に日本人が少ないことが以前から指摘されています。本来、日本は予算と同様に人材面でも1割程度を担うことが期待されますが、ITERの技術者など職員数では日本人は3%に過ぎません。これは欧米のみならず韓国などより少ない状況です。
福島の事故以来、日本は原子力分野の人材不足が指摘されますが、将来的な科学研究の担い手やグローバル人材の育成という面でも、若い世代がこうした国際プロジェクトに参画し経験を積むことには意義があると思います。
◆ロシアのウクライナ侵攻で世界的にエネルギーをめぐる対立も強まっている
核融合の実現は、先日亡くなったゴルバチョフ氏ら米ソ首脳が冷戦の終わりに合意して始まった、「国際協調」と「原子力の平和利用」を象徴するプロジェクトでもあります。
原発を軍事力で占拠するという暴挙も行われている今だからこそ、ロシアを含む各国があらためて、その意味を考える必要があるのではないでしょうか。
(土屋 敏之 解説委員)
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