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将棋 里見香奈女流五冠 女性初の「棋士」目指して

高橋 俊雄  解説委員

将棋の女流棋士、里見香奈女流五冠が、女性として初めての「棋士」になるための試験に挑んでいます。
「女流棋士」が「棋士」を目指すとは? 里見さんの強さとは? いったいどんな試験を受けているの? 1つずつ解説したいと思います。

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Q)「女流棋士」と「棋士」の違いは?

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A)「棋士」と「女流棋士」は、いずれも将棋のプロのことですが、異なる制度です。
「棋士」は段位が四段以上の将棋のプロのことで、藤井聡太五冠や羽生善治九段など、今月19日現在で169人います。
男女を問わずなることができますが、歴史的な背景や競技人口の違いもあって、これまで女性は1人もいません。
一方の「女流棋士」は1974年、女流タイトル戦の創設に合わせてできた制度です。この時は6人でしたが、現在は2つの団体などに合わせて75人がいます。
女流棋士どうしの対局が中心ですが、棋士が参加するタイトル戦などに出場する道も開けています。

Q)里見さんは、その女流棋士の中でどんな存在?

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A)第一人者と言っていい存在です。
島根県出雲市出身の30歳で、鋭い読みと指し手から「出雲のイナズマ」の愛称で知られています。5歳のころから将棋を始めて、2004年、12歳の時に女流棋士になり、早くも16歳で最初の女流タイトルを手にします。

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女流タイトルは現在8つありますが、里見さんはこのうち「清麗」「女流王座」「女流王位」「女流王将」「倉敷藤花」の5つを保持しています。
また、女流タイトルの通算獲得数は、去年、清水市代さんを抜いたあと歴代最多を更新中で、現在は「49期」となっています。2位の清水さんが43期、3位の中井広恵さんは19期ですから、女流棋士としては抜きん出た実績と言えます。

Q)その里見さんが棋士を目指すとは?

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A)棋士になるには2つの方法があります。1つは「奨励会」という養成機関に入って段位を上げていく方法、そしてもう1つが、「編入試験」を受ける方法です。
今回、里見さんは後者の編入試験を受けていますが、棋士を目指す場合、基本的には奨励会を経由することになります。

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奨励会では、最上位の三段になると「三段リーグ」と呼ばれるリーグ戦に参加します。ここで上位に入れば四段に昇段し、プロの棋士になることができます。
三段リーグは年に2回行われ、現在は41人が参加しているのですが、このうち無条件で四段になれるのは、わずか2人です。
しかも奨励会には原則として26歳、最長でも29歳で退会しなければならないという決まりがあります。
里見さんは女流棋士として活動するかたわら2011年に奨励会に入り、2年後には女性で初めて三段になりました。しかし、三段リーグを突破することができないまま年齢制限のため退会し、棋士になることをいったん断念せざるをえなかったのです。

Q)里見さんにとっては2度目の棋士挑戦ということ?

A)そういうことです。今回里見さんが挑戦している編入試験は、優秀な成績を挙げている女流棋士やアマチュアを対象にした制度です。

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きっかけは、現在六段の瀬川晶司さんです。アマチュア時代に棋士を相手に高い勝率を挙げたことからプロ入りを認めてほしいと訴え、2005年に特例で試験が行われ、合格しました。
翌2006年に編入試験が制度化され、2014年に今泉健司さん、2020年には折田翔吾さんが試験に挑み、ともに合格してアマチュアから棋士になっています。

この制度、受験するには高いハードルがあり、棋士と対局する公式戦で「10勝以上」かつ「6割5分以上の勝率」という条件を満たす必要があります。
里見さんは棋士との公式戦で、デビュー後しばらくは大きく負け越していましたが、しだいに勝率を上げていき、ことし5月27日の時点で、去年7月23日からの成績が10勝4敗、勝率7割1分4厘となって、受験資格を満たしました。
そして6月、「挑戦してみたいという気持ちが出てきた」と、編入試験の受験を申請したのです。

Q)試験はどのように行われる?

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A)去年とことし四段になった棋士5人が、「試験官」として対局相手を務め、このうち3人に勝てば合格です。
初戦は今月18日、徳田拳士四段(24)を相手に行われました。
徳田さんは今年度のこれまでの成績が12勝1敗という難敵で、里見さんは飛車を中央に据える得意の「中飛車」で戦いましたが、投了に追い込まれました。
対局はこのあと月に一度のペースで12月まで行われ、里見さんはこのうち3人に勝つ必要があります。

Q)今回の編入試験について里見さん自身はどのようにとらえている?

A)里見さんは先月6日に開かれた記者会見で、次のように話していました。
▽試験を受ける意気込みについては、「正直、自分の実力からすると厳しい戦いになると思うが、試験までにできるかぎりのことをして、全力で挑みたい」と話しました。
▽また、合格したあとも女流棋士の活動を続けるかどうか問われたのに対し、「そのつもりではいるが、まだ現実にそうなったわけではないので、そうなったときに考える」と答えました。

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制度としては、「棋士」と「女流棋士」の両立は可能ですが、そうするかどうか、明言を避けています。
▽さらに、将棋における男女の差について聞かれると、「現状はかなり差はあると感じているので、少しでも埋められるようにしたい」と答え、「これだけ多くの方々に注目されるのをうれしいと思うと同時に、こういうことが珍しくないような社会になればいいと思う」と話していました。

里見さんの挑戦について、1985年から女流棋士として活躍し、女性として初めて日本将棋連盟の常務理事を務めている清水市代女流七段は、次のように指摘しています。

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▽男女分け隔てなく誰でもなれる棋士制度がある中で、女性がいないというのはもったいないと思いますし、将棋界発展のためにはこれから増えていくことがいいことではないかと思います。
▽女性の棋士が誕生することによって、確実に女流棋界もレベルアップし、発展していくと確信しています。

Q)残る4局、勝敗の見通しは?

A)通常の対局といかに両立できるかが、大きなカギになると思います。

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里見さんは編入試験の期間中、4つの女流タイトル戦に臨むことになります。
今月27日から始まる「白玲戦」では、挑戦者として、西山朋佳さんとの七番勝負に臨みます。どちらかが4勝するまで、日をかえて同じ相手と戦うわけです。
また、現在手にしている5つの女流タイトルのうち、「女流王座」「女流王将」「倉敷藤花」の3つも、タイトル防衛をかけた五番勝負や三番勝負が行われる予定です。
タイトル戦は各地で行われ、移動をともないます。女流タイトルをかけた大切な戦いを複数こなしながら、みずからの夢を実現させるための編入試験に挑むという、ハードな日々が待ち受けています。
編入試験の次の対局は来月22日。女性初の棋士が誕生して後進への道を切りひらくのか、注目の対局が続きます。

(高橋 俊雄 解説委員)


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