かつて建設現場で広く使われていたアスベストによって、肺がんなどを発症した人たちを対象に、国が給付金を支給する法律ができてから1年となります。
対象になる人は数万人にのぼるとみられますが、支給は順調に進んでいるのでしょうか?最新の動きも含めて解説します。
【アスベストの健康被害 広がりは?】
建設現場での被害が深刻です。
建材を切ったりする過程でアスベストが空気中に飛び散って、吸い込んでしまったりするからです。建設業は従事している人数が多いので被害者も多くなります。
アスベストは繊維状の鉱物で、熱や摩擦に強いので、断熱材などとして広く使われてきましたが、1970年代から発がん性が指摘されるようになりました。
国は段階的に規制を始めて、2006年には全面的に製造や使用を禁止しました。
ただ、この間に、かなりの数の人がアスベストを吸い込んでしまったとみられます。
【今は使われていない?】
新しい製品には使われていませんが、古い建物には残っているので解体作業には注意が必要です。
そして、過去に使われていた製品が今になって健康に影響を及ぼすという問題もあります。今回はこの問題を中心に取り上げます。
アスベストは発がん性がありますが、数十年の潜伏期間があるので、「静かな時限爆弾」とも呼ばれています。
原因のほとんどがアスベストとされる「中皮腫」という病気だけを見ても、統計を取り始めた1995年以降の累計で、2万8000人を超える人が亡くなっています。
肺がんなど別の病気も含めれば、さらに増えます。
建設業関係に限っても、将来的に数万人が何らかの病気を発症するとみられます。
【被害を救済 給付金はなぜ?】
建設現場で被害を受けた人たちに給付金を支給する法律ができたのは、当事者が10年以上にわたって国やメーカーに対して裁判を続けた結果です。
提訴は2008年。最高裁の判決は去年(2021年)でした。
最高裁は、国が1970年代の前半には危険性を認識できたのに十分な規制を行わなかったと判断しました。
建材メーカーについても、製品に危険性を表示する義務があり、当時、現場で広く使われていた建材のメーカーも責任を負うと判断しました。
ただ、裁判という手段では、訴えを起こした人しか賠償金を受け取ることができません。
原告団や弁護団は、同じ立場の人が裁判を起こさなくても補償を受けられる仕組みを作る必要があると政府や与党に働きかけました。
その結果、原告団・弁護団と国が合意して、最高裁が賠償を認めた人と同じ条件の人には、国が給付金を支給する法律ができました。これが1年前のことです。
【支給の状況は?】
今のところ、順調に支給できています。
支給の対象になるのは、1972年から1975年にかけてアスベストを建物に吹き付ける作業をしていた方や、1975年から2004年にかけて屋内で建設作業や解体作業に従事していた方です。
中皮腫や肺がんといったアスベストが関係する病気を発症した場合に支給されます。
会社に雇われていた人だけでなく、自分で作業に従事していた「1人親方」と呼ばれる人も含まれます。
これは最高裁が認めた条件に従っています。
風通しのよい屋外で作業していた人は含まれません。
給付金を申請したい人は、厚生労働省の窓口に請求書や必要な書類を送ります。
そして国の審査会による審査を受けて、条件に当てはまると認定されたら、症状に応じて550万円から1300万円が支給されます。
ことし1月に審査会が立ち上がって、331人のうち330人が認定されました。1人は保留で、不認定はゼロです。
【速やかな支給 その理由は?】
給付金の制度を作るにあたって、国はある仕組みを設けました。
「情報提供サービス」と呼ばれるものです。
アスベストの被害を受けた人は、労災認定を受けている場合が少なくありません。
こうした場合は、国に対してサービスの利用を申請すれば、労災の審査の時に認定された情報、つまり、作業に従事していた場所や期間、作業内容などが本人に通知されます。
さらに、給付金の審査にはこうした情報が利用されるので、いくつかの書類の提出が不要になり、審査も速やかに行われます。
厚生労働省によると、これまでに給付金の認定を受けた人はすべてこのサービスを利用しているそうです。
【本人が亡くなっている場合、遺族も給付金を請求できる?】
給付金はもちろん請求できます。「情報提供サービス」も利用できます。
ただ、本人や遺族の方が労災などの認定を受けていない場合は、資料を自分でそろえなければなりません。
審査も一から行われるので、時間もかかります。
国は制度の周知を進めています。
給付金についての相談は0570-006031で平日の午前8時半から午後5時15分まで受け付けています。
被害を受けた人の中には、最初は「肺がん」と診断されただけで、その後、専門医のもとで詳しく調べてみたら原因がアスベストだとわかったというケースもあります。
かつて建設現場で働いたことのある方は、ご注意ください。
【新たな動きも】
今月7日、全国10か所の地裁で新たな裁判が起こされました。
訴えを起こしたのは、同じように建設現場で働いていた元作業員や遺族190人です。
相手は建材メーカー各社です。
国はすでに給付金の制度を設けているので、対象ではありません。
原告団や弁護団は、最高裁判決の後、メーカー各社に対しても、給付金の仕組みに加わるよう求めていましたが、メーカー側は加わりませんでした。
このため、メーカー側に補償を求めるには、1人ひとりが個別に裁判を起こす必要があるんです。
メーカー側は「コメントは差し控える」などとしていて、今後の動きに注目したいと思います。
一方、弁護団などで作る裁判の「全国連絡会」は、今月10日まで全国一斉で無料相談を行います。
裁判も含めて相談したい方は、0120-793-148へ。
午前10時から午後5時までです。
【解体作業をめぐり新たな判断】
建物の解体作業をめぐる問題についても、新たな司法判断が示されました。
解体作業も、屋内であれば、国が責任を負うので給付金の対象になりますが、建材メーカーが責任を負うかどうかは争いが残っていました。
先週(3日)、最高裁は、建材メーカーは解体作業にあたっていた人たちについては責任を負わないという判決を言い渡しました。
建物ができてから解体するまでには長い期間があるので、建材などに警告を表示したとしても読めなくなっている可能性もあることや、メーカーは解体作業に関われないことを踏まえた判断です。
ただ、判決の中で、最高裁は、建物の解体を行う事業者などが必要な対策をとるべきだという考えを示しました。
古い建物の解体はこれから進むので、やはり大きな問題です。
作業に関わる人や周辺に住む人が被害を受けることがないように、解体作業に関わる事業者には、十分に注意してもらいたいと思います。
(山形 晶 解説委員)
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