日本からの食の輸出が、年々、増えています。今井解説委員。
【タイトルに、「実現するか 食の輸出大国」とありますが、これは、日本のことですか?】
そうです。まあ、輸出大国というには、遠い状況ではありますが、日本からの農林水産物と食品の輸出額は、年々増えていて、去年、初めて、1兆円を超えました。一年前と比べて25.6%増えました。そして、今年1月から3月も、さらに10%近く上回る勢いで増えています。
輸入は、年間で、10兆円を超えていますので、日本が食の輸入大国であることは、間違いありませんが、輸出も、少しずつ力をつけてきて、政府が長年目標にしてきた1兆円をようやく達成できた形です。
【輸出拡大は政府の方針なのですね】
はい。今後、政府は、2025年には2兆円。2030年には5兆円という目標をめざし、輸出をさらに、後押ししていく方針です。
【でも、食料品の価格が上がったり、世界で食料危機が叫ばれたりしていますよね。輸出より、国内向けを増やした方がいいのではないのですか?】
そういう声はあります。もともと、日本の食料自給率は、カロリーベースで37%。過去最低の水準です。政府は45%の目標を掲げていますが、下がる傾向は止まりません。
そうした中、今、ロシアのウクライナ侵攻の影響もあって、輸入に頼っている小麦やとうもろこしなどの国際価格が高騰し、国内の食料品は値上げラッシュが続いています。さらに、先日、小麦の生産量で世界2位のインドが国内に安定して供給するため輸出を禁止する措置をとるなど、輸出国が規制に乗り出す動きも出ています。
このため、輸出に回すより
▼ 輸入に頼っている食材を国内でつくることに力を入れるべきではないか。
▼ 脱炭素化を進める上でも、輸送のエネルギーがかからない地産地消。地域で作った食材を、その地域で食べる動きを進めるべきではないか。
こうした声もあがっています。
【では、なぜ、政府は輸出を後押しするのですか?】
もちろん、国内向けや地産地消の取り組みは大事で、政府も、小麦や大豆などの国内生産を増やす取り組みに力を入れるとしています。
ただ、国内では、人口減少が進んでいます。食の市場はどんどん小さくなり、農地も、農林水産業に従事する人も、急激に減ってきています。このまま、国内だけを相手にしていては、農林水産業、産地、そして、地域で多くの雇用を抱えている食品製造業が衰退する懸念があります。そうなれば地域の活力も失われます。
一方、海外に目を向けると、市場は大きく広がります。日本より高い価格で、安定的に売れるケースもあります。輸出で、売り上げ、利益を増やし、稼げる=魅力ある産業にすることで、農林水産業に就く人に増えてもらいたい。それで、農業や水産業の強化につながれば、国内向けの食の安定供給=自給率の改善にもつながる。政府が輸出拡大をめざす背景には、そんな狙いがあります。その上で、最後の手段ですが、いざという時には、輸出向けを国内に振り向けることもできる。そのような考えもあるのです。
【輸出に力を入れることで、国内の農林水産業を強くしようというのですね。ただ、そもそも、日本の農林水産物。何が海外で売れているのですか?】
去年の内訳を、輸出額の大きな順に並べた表を見てみますと、
▼ 1年前と比べ、日本酒などのアルコール飲料やホタテ、牛肉、果物などが、大幅に増えています。コメも、まだ、額は少ないですが、12%近く増えています。
【いろいろなものが売れているのですね。どの国や地域への輸出が多いのですか?】
輸出先の国・地域別の輸出額を見ると、
▼ 中国、アメリカ、EUなど向けが40%前後と大幅に増えています。
【それにしても、なぜ、これほど輸出が伸びているのですか?】
新型コロナの感染拡大による、世界の巣ごもり需要が追い風になったというのです。
【巣ごもり需要ですか?】
はい。もともと、コロナの前。
▼ 日本を訪れる外国人観光客が大幅に増え、日本の食べ物の人気が世界に広がっていました。海外の日本食レストランの数は、2013年のおよそ5.5万店から、3倍近くに増えています。コロナの前は、そこに向けた輸出が主なルートでした。
▼ それが、コロナで日本を訪れることも、一時、外のレストランで食べることも制限され、それなら、家庭で日本の食べ物を食べたいという巣ごもり需要が増えた。その結果、
▼ ネット通販や、スーパーで、日本の牛肉や日本酒、日本の果物などを買い求める人が増え、そうしたところに向け、日本からの輸出が増えました。新たな販路が開けたというのです。
▼ 加えて、コロナが落ち着いて外食需要が回復した地域では、レストラン向けの需要も戻ってきている。こうしたことが輸出が急拡大した背景にあるというのです。
【新たな販路が増えたことで、大幅に輸出が増えたのですね】
そういうことです。ただ、今後、目標通り輸出を増やすことは、そう簡単ではありません。課題もあります。
【どのような課題ですか?】
これまでは、事業者が、国内向けにつくったものをそのまま、ばらばらのブランドで輸出するという形が主流でした。でも、国や地域によって、甘さや辛さ、食べ方など嗜好が違いますし、売れる価格帯、添加物などの規制も違います。今のままでは、より多くの国や地域に、継続的に輸出し続けるには、限界があります。
輸出を本格的に増やすには、輸出用に戦略的に商品をつくり、売り込む必要があります。
このため、政府は、先日国会で成立した改正輸出促進法に基づいて、品目ごとに、生産から販売など輸出に関わる幅広い事業者が参加する団体を認定し、輸出への取り組みを促そうとしています。
【品目ごとの団体。これは何をするのですか?】
まずは、
▼ 輸出先ごとに、その地域の味や食べ方などの好み、価格、農薬や添加物などの規制を調査して、それに沿った生産を国内で促します。
▼ その上で、例えば、ニュージーランドのキウイのように、日本の牛肉、日本のりんごといった、統一のジャパンブランドを打ち立てて、海外での認知度を上げる活動をしたり、国内の産地どうしで連携をして同じ商品を途切れなく輸出できるようにしたりする方針です。
【そもそも、海外のニーズに沿ったものをつくっていこうというのですね】
はい。先行的な動きとして、産地の中には、
▼ 東南アジアで好まれる小玉のリンゴの生産に力を入れたり、
▼ 輸出用に、国内向けより収穫量が多くて、低コストでつくれるコメの生産に力を入れたり、さらには
▼ 日本のコメを使って輸出用にスパークリング日本酒を開発したりと、
あらかじめ「輸出」をターゲットに、商品開発や生産に力を入れる動きも出てきています。
【ぜひ、この輸出の動きを私たちの食の安心につなげてほしいですね】
はい。今の円安は、輸入品については、価格を押し上げる要因になりますが、輸出にとっては、追い風になります。
知恵と工夫を凝らして、輸出を拡大することで、農林水産業全体が体力をつけていく。それによって、私たちの食の豊かさ、手に取りやすい価格、そして安定した供給=自給率の改善にもつながることを期待したいと思います。
(今井 純子 解説委員)
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