◆次々変異株が現れる新型コロナウイルス 懸念されるひとつが「動物での感染拡大」
正確な広がりはわかっていませんが、OIE(国際獣疫事務局)によれば、これまでに35の国や地域から犬・猫・ミンク・ゴリラ・ハムスターなど19種の動物で新型コロナウイルスの感染が報告されています。
新型コロナは元々動物由来のウイルスとも考えられますが、ここに挙げたのは基本的に人間から感染したもので、種によってはその動物同士でも感染していると見られます。人間のようにせきやくしゃみなどの症状が出るものもいれば、あまり症状が見られないものもいます。犬や猫などはまだごく限られた数の報告ですし、現時点で日本でペットを飼っている人が過剰に心配する必要はありません。
ただし、WHO世界保健機関やこのOIEなどが3月に共同声明を出し、「動物での流行拡大は新たな変異ウイルスの出現を促進するおそれがある」として、すべての国に対策を呼びかけています。
◆動物での流行が変異ウイルスの出現を促進
動物で新型コロナの感染が広がると、その体内で例えば複数のウイルスの遺伝子の組み換えや変異が起きて、ウイルスの新たなタイプが生まれることがあります。
19種のうちでも注目されるのがオジロジカという北米の野生のシカです。アメリカの農務省がこのシカを調査したところ、実に3割以上で新型コロナへの感染歴を示す抗体がありました。また、カナダではこのシカから新型コロナのまだ人間では見られない変異が見つかったとする別の報告もあります。
こうした変異は人間の体内でも起きますが、動物で懸念されるのは、例えばその動物にとっては変異したタイプが重い症状が出ないものであっても、それが人間に感染した場合により高リスクなものになることもありうるからです。
コロナではなくインフルエンザの場合、鳥や豚でのウイルスの変異が重なって新型インフルエンザが生まれてくると考えられています。新型コロナに関してはまだよくわかっていませんが、例えばオミクロン株は、従来のアルファ株やデルタ株とは変異のしかたが大きく違っていて、ひょっとしたら動物で生じた変異に由来するのかも?との可能性も指摘されています。
◆人と動物の病気の深い関わり
こうしたことから近年「ワンヘルス」という考え方が注目されています。
これは、「人間と動物の健康、さらに自然環境の健全性は、互いに関わりあうひとつの健康問題」だというものです。
現在も「サル痘」と呼ばれるウイルス感染症が各国に広がりつつありますが、近年次々現れたエボラ出血熱やSARS、新型インフルエンザなど、いずれも野生動物に由来したり動物が媒介して広がったと考えられる人と動物に共通の感染症です。開発や温暖化などで生態系が破壊され、動物が住処を追われるなどして人と接触する機会が増えれば、また未知のウイルスが広がりやすくなります。養鶏場で発生する鳥インフルエンザも、元々は自然界から野鳥が運んで来たものです。
このように三者は関わりあっているので、こうした感染症の対策は人間だけでなく動物 や環境の問題と併せて対処する必要があるというのがワンヘルスの考え方です。
◆新型コロナで動物から人間への感染は?
新型コロナの起源の話をのぞくと、これまでは2020年にヨーロッパで飼育されていたミンクから人への感染が起きたとして、ミンクが大量に処分されましたが、他には動物から人への感染は知られていませんでした。ところがその後、北米で野生のオジロジカから人へ感染したのではとみられるケースや、香港でペットショップのハムスターから人に感染したとみられるケースが報告されています。
つまり、動物から人への感染はまだごくわずかですが無いわけではない、という状況です。
日本ではまだ動物から人に感染したという報告はありません。ただ、そもそも日本には動物の新型コロナの情報を集める公的な仕組み自体ないので全体像ははっきりしません。
国立感染症研究所などが今、国内各地のシカやハクビシン、タヌキなどの野生動物での感染状況を調査し始めたところで、前田健部長は「動物の体内でよりリスクの高い変異ウイルスが生じる可能性は否定できないし、新型コロナ以外の感染症に備える意味からも動物の持つウイルスなどを調査する持続的な仕組みが必要ではないか」と言います。
◆動物の新型コロナ ペットは?
コロナ禍でいやしを求めてペットの人気が高まっている面もあり、新規に犬や猫を飼育する数はコロナ以前より増えたとのデータもあります。
国内の犬や猫で新型コロナ感染がわかったのはまだごくわずかで、犬や猫から人に感染したという報告は現在のところ世界的にもありません。
東京都獣医師会では、飼い主が新型コロナに感染してペットの世話ができなくなって預かる場合などに、以前は隔離したり個人用防護具の使用、シャンプーすることを推奨していましたが、先月、こうした対策は今後は必要ないと発表しました。現時点では、適切な環境で飼育しているペットから人への感染リスクは極めて低いとの見解を示しています。
◆ペットを飼っている人が心がけること
新型コロナについては、いわゆる「猫屋敷」のような多頭飼育で劣悪な環境になっているケースをのぞけば、現時点でそれほどリスクは高くないと見られます。とは言え、人と動物に共通の感染症はコロナ以外にもたくさんあり、例えば「SFTS」というマダニが媒介する病気は近年、人間でも犬や猫でも報告が増えていて、猫から人に感染して亡くなったと見られるケースもあります。
様々な感染症を避ける観点からも、ペットや飼育環境を清潔に保つことや、犬や猫に顔をなめられるなどの過剰なスキンシップは避ける、猫は放し飼いにせず屋内で飼育する、そして気になる症状や体調があれば獣医師に相談してほしいと思います。
◆人と動物に共通の感染症をどうすれば防げる?
冒頭でも触れたWHOなどの共同声明では、まず私たち個人には野生動物にエサやりをしないことや死骸を見つけても触らないことなどを呼びかけています。そして各国には、野生動物の感染の監視体制を作り各国が情報共有すること、生きた野生動物を食品市場で販売しないことなどを求めています。
こうした対策は新型コロナだけでなく次なる新たな感染症のパンデミックを防ぐためにも重要で、日本も国際的な仕組み作りなども含め対策を進めることが望まれます。
(土屋 敏之 解説委員)
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