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トラブルで初号機打ち上げ延期 期待に応えられるか 新型H3ロケット開発

水野 倫之  解説委員

ウクライナ侵攻でロシアがロケットの打ち上げサービスを中止し世界でロケットが不足する中、衛星事業者の注目が日本のH3ロケット開発に集まっています。
しかし試験でトラブルが続き、開発は難航しています。水野倫之解説委員の解説。

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開発中のH3は今後20年間、日本の宇宙利用の主力となるロケットで、JAXAと三菱重工が共同開発。よりパワフルでありながらも安く、そして高い信頼性を確保することが目標。
いまの主力のH2Aの後継機で、全長は63m、直径が5.2m。
工場で公開された機体をみるとH2Aより一回り大きいことがわかる。
搭載できる燃料も増えて、より大きい人工衛星を打ち上げることができるようになる。

今H2Aがあるのになぜ新型ロケット開発しなくてはならないのか。
確かにH2Aはこれまで、日本版GPSや小惑星探査機はやぶさ2を軌道に投入するなど日本の宇宙利用の中核を担い、その成功率も98%と世界最高レベル。
その一方で打ち上げコストが100億円とほかのロケットより高く、民間や外国の衛星の商業打ち上げはこれまで5回にとどまる。
ただ今、世界では、多くの衛星を連携させて地球の観測を行うビジネスなどが盛んで、衛星打ち上げ需要は年々高まっている。
これを受けてアメリカやヨーロッパ、中国などで、現役ロケットに加え、安く打ち上げられるロケット開発が盛んに行われて競争が激化。日本も衛星打ち上げビジネスで世界と闘っていくためには新型の安いロケットが必要と判断された。

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いま世界で最も売れているのが、イーロンマスク氏率いるアメリカ・スペースXのファルコン9で、1回65億円程度といわれる。
このためH3はこの価格を下回ることが至上命題となり、H2Aの半額の50億円を目指して開発が進められてきた。
そうした中、世界の宇宙利用に大きな影響を及ぼす事態が。ロシアによるウクライナ侵攻。

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ロシアは去年、各国の衛星などをソユーズロケットなどで20回以上打ち上げた宇宙大国だが、欧米の経済制裁に反発し、一方的に打ち上げサービスを中止。
イギリスの通信会社の衛星などの打ち上げが相次いでキャンセルされたほか、影響は日本にも及び、今年4機の衛星をソユーズで打ち上げるはずだった日本のベンチャー企業も、あらたなロケット探しを余儀なくされている。
このように今世界ではいわばロケット不足の状況となっていて、世界の衛星事業者から日本に対してH3で打ち上げられないか、という問い合わせが相次ぐ。

ビジネスチャンス到来となるとよかったが、試験でトラブルが相次いでいて、今ただちにその期待に応えることは難しい。
コスト削減の鍵を握るロケットの心臓部、メインエンジンに問題。

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通常のロケットエンジンは部品が数10万点。今回燃焼方式を見直すなどしてこれを3分の1に減らし、構造をシンプルにすることでコスト削減を目指した。
H2Aのメインエンジンと比べると配管などが少なくなっている。
部品の数が減るので製造コストが抑えられるのに加え、部品の不具合によるトラブルも減るので信頼性も上がることが期待。
しかし高温高圧高回転という過酷な環境にさらされトラブルが発生。
当初打ち上げは2020年度だったが、いまだに打ち上げ時期が見通せていない。

去年10月に行われた試験では35秒間、燃焼させる予定だったが、エンジンは緊急停止し、わずか9秒で試験が終了。
現場は重い空気につつまれた。

エンジンに燃料や酸素を送り込む2つのターボポンプが、特殊な振動を起こしていた。振動が大きくなると、エンジンが壊れ、打ち上げの失敗にもつながる。
ただ片方のポンプの問題は明白だったが、もう片方の振動は大きいものではなく、深刻なトラブルなのか、この段階でははっきりしなかった。
2つのポンプを大きく改良するとなるとスケジュールがさらに遅れるおそれ。

打ち上げの期限を守るべきか、選択を迫られたが、開発チームが下した決断は、『延期をしてでも、2つのポンプを確実に仕上げる』というもの。

JAXA岡田匡史プログラムマネージャーインタビュー
「(今後)20年運用すれば100回超える打ち上げがある。その中で現在の課題がもとで打ち上げがうまくいかないというのは絶対になくしたい。一点の曇りもなくこのロケットを仕上げたかった。」
この決断の背景には、岡田マネージャー自身が経験した過去の失敗がある。
23年前に打ち上げられたH2Aの前身H2ロケット8号機、4分後にエンジンが急停止し失敗。
海へ落下したエンジンが引き揚げられ調査の結果、ターボポンプが壊れたことが原因だったことがわかった。
実は、ポンプに特殊な現象が起きることは、開発段階から確認されていたが、リスクは小さいと判断され、打ち上げられていた。
岡田マネージャーは当時、若手エンジニアとしてエンジン開発に携わっていて、当時の教訓を今回絶対にいかさなければならないと常日頃考えてきた。

その後ターボポンプの設計を改良して、3月に冒頭で見た燃焼試験が行われ、結果はおおむね良好だったということ。
今月から来月にかけてさらに試験を行い、エンジン完成の目途が立ち次第、打ち上げ日をあらためて決めることに。
H3の開発で今のH2Aはあと5回の打ち上げで運用終了することが決まっている。
それまでにH3ができあがらなければ、日本の宇宙利用に空白ができてしまうおそれもあり、チームは今月からの試験、背水の陣で臨むと。
日本が今後も自律的に宇宙利用を進めていくためにも、そして世界の衛星事業者の期待に応えるためにも今回の試験で課題をすべてクリアして曇りをなくし、初号機打ち上げにつなげていってほしい。

(水野倫之 解説委員)

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