4月から国の少子化対策の一環として、不妊治療への保険の適用範囲の拡大がはじまりました。
保険適用が拡大することで、どう変わったのでしょうか?
◆不妊治療の一部が保険適用に
不妊治療・検査については、およそ5.5組に1組の夫婦が経験したことがあると言われています。しかし、これまで健康保険などの公的な医療保険でできる不妊治療・検査はかなり限られていました。例えば、保険適用外だった体外受精の費用の場合、1回平均およそ50万円と高額です。これは、基本、全額自己負担だったためで、今回の保険適用で、医療機関の窓口で支払う医療費、つまり自己負担は原則3割になりました。
このように、自己負担部分が減ることで、不妊治療を受ける人の経済的な負担が少なくなり、今後、不妊治療を受ける人が増えるかもしれません。ただ、自己負担分でない残り7割は保険からの支払いです。そのため、保険適用になったのは、多くの人に効果があると認められた治療技術・検査・薬などになります。
◆どのようなものが保険適用になった?
多くの人に効果があると認められ、保険適用になった治療技術などは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?
日本生殖医学会が作成した「生殖医療ガイドライン」の中は、さまざまな不妊の検査・治療技術が、科学的根拠などにもとづき、A(強く推奨)・B(推奨)・C(実施を考慮)と3段階で評価されています。このAとBに評価されたものが基本的に保険適用になり、タイミング法、人工授精、体外受精、そして顕微授精なども適用になりました。
◆3割自己負担はどのぐらい?
では、費用は具体的にはどのぐらいかかるのでしょうか?例えば、体外受精の例で、窓口で支払う3割自己負担をみてみます。まず女性から卵子をとるときに、卵子の数によって変わりますが、9600円から31200円かかります。つぎに、シャーレ上で精子と卵子を受精させますが、その技術が12600円。さらに受精卵を培養するなどにかかる費用は、培養する受精卵の数などでも変わりますが、13500円から40500円です。そして、新鮮な受精卵を子宮に戻す「胚移植」の場合は、22500円かかります。これら以外にも卵子をとるための薬なども必要で、採卵する卵子、培養する受精卵の数などでも変わりますが、最終的に12万以上になるケースもあるといいます。ただ、保険適用の治療であれば、「高額療養費制度」も利用できます。年収などで変わりますが、1カ月あたりの自己負担額の上限を超えた場合に、申告することでお金が戻ってきます。
◆保険適用の条件
体外受精・顕微授精の場合は保険適用に条件があります。女性が高齢になるほど妊娠できる可能性が低くなるため、治療開始時点で43未満の女性が対象。回数制限もあります。子ども1人ごとに、女性の年齢が40歳未満で6回まで。40歳以上43歳未満は3回まで。また、夫婦だけでなく、事実婚のカップルも対象になりました。ただ第三者提供の卵子・精子を使った不妊治療は保険適用外になっています。
◆保険適用外の不妊治療
今回、保険適用になったのは、基本的に科学的根拠などに基づいたA(強く推奨)とB(推奨)と評価されたものですが、一方、C(実施を考慮)と評価され、保険適用外になった治療技術もあります。
保険適用外の治療技術は、全額自己負担です。そして、体外受精など保険適用の技術と組み合わせると「混合診療」となり、保険適用になった部分も全額自己負担になってしまうので注意が必要です。
ただし例外があります。「先進医療」と認められた場合です。例えば専用カメラで受精卵が順調に育っているかを継続的に評価する「タイムラプス」なども先進医療となっています。施設基準を満たす医療機関が「先進医療」の届け出をすれば、保険適用の体外受精などと組み合わせられます。「先進医療」の費用は全額自己負担ですが、保険適用の治療技術は3割負担のままになるのです。
保険適用外のものとして「着床前遺伝学的検査(PGT-A)」があります。受精卵が少し成長した段階で、胎盤になる細胞の一部を検査し、着床して育つ可能性の高い受精卵を子宮に戻します。例えば流産を繰りかえす人などの場合、この検査で流産が減ることが期待できるかもしれませんが、まだわかっていないことも多く、倫理的な面から検査に反対する声もあるものです。この検査は、日本産婦人科学会で認定された医療機関で、学会などが認めた臨床研究の枠組みで行われます。ただ、この検査を受ける場合、保険適用外なので、体外受精などは全額自己負担になります。今、厳密に医療の有効性・安全性などを示さなければならない「先進医療」として審議中です。
不妊治療では、ある技術を受けている人と受けていない人を比較する臨床試験をしてこなかったので、その技術の効果が確実にあるのかどうか証明されてこなかったという話もあります。新しい技術の有効性・安全性をどう確かめていくのか、不妊治療を考えている人たちに検査・治療技術に関する情報をどう伝えていくのかは、今後の課題かもしれません。それと同時に、不妊治療を受ける人も、先進医療・保険適用外も含めて、何が自分に適応するのか、安全性・有効性はどうなのか、そして費用など確認することが大切になるかと思います。
◆不妊治療をはじめる際に知っておきたいこと
今週、ある医療機関では、治療をはじめたばかりの20代前半の女性から、保険適用になったので体外受精で早く子どもを授かりたいと、相談されたそうです。年齢や病気があるのかにもよりますが、女性の体に負担の少ない人工授精などからはじめ、一定期間続けてみるのが基本です。体外受精・顕微授精は最後の手段という専門医もいます。そして、技術は進歩していますが、残念ながら不妊治療は万能ではないので、どう治療を続けていくのか、パートナーともよく話しをすることも大切かもしれません。
なかなか妊娠できず、不妊治療で、悩んだり、焦ったりしている方も多いかもしれません。不妊治療では、経済的な負担以外に、治療を受ける人の心や体の負担があります。そして、治療にかかる時間の負担もあります。これらの負担を減らすためにも、治療しやすい環境作り・社会の理解が大切です。今回の保険適用の拡大をきっかけに、不妊治療をしている方たちの負担が少しでも減り、治療を続けることができる方が増えたらと思います。
(矢島 ゆき子 解説委員)
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