ロシアのウクライナ侵攻を受けて、世界のスポーツ界では、ロシア、それに同盟関係にあるベラルーシを除外する動きが続いています。北京パラリンピックでも両国の選手の出場が認められませんでした。ウクライナ侵攻を巡るスポーツ界の動きとその背景について、小澤正修解説委員です。
【影響を受けたパラリンピック】
ロシアのウクライナ侵攻が始まったのはパラリンピック開幕のわずか8日前でした。もともとロシアは過去の組織的なドーピングのため、国としての選手団を編成できず、RPC・ロシアパラリンピック委員会として選手が出場する予定でしたが、最終的に開幕前日になってRPC、それにロシアと同盟関係にあるベラルーシの選手の出場を認めないことが決まりました。ウクライナの選手20人は、母国で家族ら市民が傷つき、軍に参加して銃を持つ人もいる中で、自分がスポーツをしていてよいのか、という大きな葛藤を抱えながら大会に参加しました。
中には「私たちの国が存在していることを示すのが自分の役割」と出場の意義を見出した選手もいて、ウクライナは中国に次ぐ29個のメダルを獲得する活躍をみせました。ただ、住んでいる家が爆撃を受けて壊されてしまった選手や、父親がロシア軍の捕虜となった影響でレースを欠場した選手もいて、メダルを獲得しても選手は一様に「完全には喜べない」と声を揃えました。本来ならスポーツを通して多様な社会の実現を目指し、平和を願うはずだった大会自体、大きな影響を受けてしまったのです。
【続くスポーツ界での「除外」の動き】
IOC・国際オリンピック委員会は、ロシアによるウクライナへの侵攻開始直後、ロシアとベラルーシの選手の国際大会への参加を認めないこと、それに両国での国際大会の開催見合わせることを各競技団体に求めました。こうしたことを受けて、陸上やスキー、スケート、バドミントン、ラグビーなど数多くの競技で大会開催の中止や協会の資格停止、選手の大会出場を認めないなどの措置がとられることになりました。
【フィギュアスケートではメダリストが】
ロシアでも人気があるフィギュアスケートは3月21日からフランスで世界選手権が予定されています。しかし、国際スケート連盟は、ロシアとベラルーシの選手の出場を認めない決定をしました。つまり、北京オリンピックで活躍したアンナ・シェルバコワ選手とアレクサンドラ・トゥルソワ選手の金銀メダリストは、世界選手権の舞台で演技を披露することができなくなったというわけです。
【サッカーW杯予選への影響は?】
サッカーもロシアの人気スポーツのひとつですが、FIFA・国際サッカー連盟とUEFA・ヨーロッパサッカー連盟も、主催するすべての大会でロシア代表とクラブチームの出場を禁止すると発表しました。この直前、いったんはロシアの国旗と国歌の使用禁止という条件をつけて「ロシアサッカー連合」という名称での出場は認めると公表しましたが、3月下旬に行われるワールドカップのヨーロッパ予選のプレーオフで対戦するポーランドなどから反発が相次ぎ、追加の措置をとった形です。ロシアはこの措置を不服としてスポーツ仲裁裁判所に提訴していますが、現時点でロシアは11月からカタールで行われるワールドカップの出場権を得ることはできない状態になっています。こうしたスポーツ界の動きがプーチン大統領の決断にどれほどの影響を及ぼすかはわかりませんが、人気スポーツでのこうした対応は、少なくともロシア国内、そして国際的な世論に反戦を訴えかける力にはなるのではないかと思います。
【選手除外の問題点】
それでも、国際競技団体の中にはロシアの国旗や国歌を使用しないなどの条件付きで選手の出場を認めるところもあります。
テニスでは、10月にモスクワで行う予定だったツアー大会を中止しましたが、一方で、四大大会やツアー大会への出場は容認するとしました。またIJF・国際柔道連盟は「すべてのロシア選手に制裁を科す決定は正当化されない」として大会への参加を認めるとしました。IJFは声明の中で「参加を妨げる決定は暴力を助長し、選手たちの不公平感を育むだけだ」ともしています。柔道では過去の大会で、イスラエルと政治的に対立する国の選手が対戦を拒否して棄権するケースがたびたび起きて、連盟はそれに対応してきました。スポーツの世界でも国籍や人種による差別は、あってはならないことです。このため国籍のみで判断し、プレーする場から選手を除外することは、アスリートの人権を侵害するという指摘があるのも事実です。プーチン大統領を支持していなかったり、反戦を訴えたりするロシアのアスリートもいます。なので、有事とはいえ、一律に選手に責任が負わされる形になってしまうのは、割り切れない気持ちにもなってしまいます。
【それでも避けられない感情的な反発】
アスリート本人に責任はなく、本来はスポーツと政治は一定の距離感を保つべきだと思います。しかし、大変残念なことですが、現状ではウクライナで、選手を含めた市民の命が失われている中、侵攻した側の選手が通常通りプレーすることにはスポーツ界でも共感は得られにくく、現実的に、こうした除外の対応をとらないと大会の円滑な運営は困難だと思います。例えば、通常でも起こり得る接触プレーが、こうした状況では、大きなトラブルにつながってしまうかもしれません。パラリンピックでもIPCは当初、中立的な立場の個人のみ参加を認めると公表しましたが、参加する国と地域の半数以上から「ロシアとベラルーシの選手が出場するなら大会に参加しない」とか「対戦を拒否する」といった反発の声が強かったとしています。選手村の雰囲気も悪化し、IPCのパーソンズ会長は「選手の安全と安心を守ることは最も重要なこと」だとして、大会を成立させるために除外を決めた、苦しい胸のうちを明らかにしました。パーソンズ会長は「選手は政府の行動の犠牲者」とも表現しています。
【思い返して欲しい嘉納治五郎の理念】
プーチン大統領は柔道愛好家としても知られ、講道館も訪問したことがあります。その柔道の創始者・嘉納治五郎は「精力善用・自他共栄」という理念を掲げていました。この言葉には、柔道で培った自らの力を、社会をよくするために使い、他人とともに互いに助け合ってともに栄える、という意味が込められています。この観点からだけでみても、他国に武力で侵攻することはあってはならない、ということが当然理解できるはずです。プーチン大統領も柔道に親しむひとりとして、その本質をいまいちど思い返して欲しい。そう願いたいと思います。
(小澤 正修 解説委員)
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