◆今週、国連の機関が最新報告書を発表。今すでに温暖化の被害が出ており30億人以上が対応できない状況にあると指摘した
これは世界195の国と地域が参加するIPCC「気候変動に関する政府間パネル」が まとめた報告書です。IPCCの報告書は、世界中の科学論文などをもとに各国の代表が議論して1行1行承認していく信頼性が高いもので、国際交渉や政策の根拠にもなってきました。
例えば最初の報告書は、去年ノーベル賞を取った真鍋淑郎さんらの研究もいかされていて、「気候変動枠組条約」が出来る基盤になっており、前回の第5次報告書はこの条約のもとで「パリ協定」が結ばれることにつながりました。今回はそれ以来の第6次報告書です。
実はこの報告書は膨大な内容から三部構成になっています。去年8月に第1部となる気温の上昇そのものなどに関する部分が発表され、「人間活動による温暖化が起きていることは疑う余地が無い」と初めて断定しました。
今回はそれに続く第2部で、この温暖化が私たちの社会や自然にどう影響するかなどを 扱っています。以前から、“温暖化で大雨が降って洪水が起きやすくなる”とか、逆に“干ばつが続いて食糧不足になる”といった悪影響は指摘されていましたが、前回までの報告書では慎重な表現をしていました。しかし、3万4千本もの科学論文をもとにした今回の報告書では、「人間活動による温暖化で、すでに様々な悪影響や損害が出ている」と明記したのが特徴です。
◆現在すでにどんな悪影響が出ている?
こちらは報告書の一部を抜粋したもので、良い影響は「+」、悪い影響は「ー」で、色が濃いほど確実性が高いことを示しています。
世界全体では、農業や漁業への悪影響、熱帯性の感染症や暑さによる健康被害、沿岸域の洪水や暴風雨の被害、経済的な損害も増えていて、中でもこの暑さによる健康被害や暴風雨などは確実性が高いとされています。
大陸・地域別の影響もまとめているので日本を含むアジアを見ると、農業についてはプラスマイナスとなっていますが、これは地域や作物などによってプラスの影響もマイナスの影響もあるということになりますが、その他についてはいずれも世界全体と同様、すでに悪影響が出ているとされました。
そして、途上国などでは対策も容易でなく、こうした悪影響に対応できないぜい弱な状況で暮らしている人が世界で33~36億人にも上ると見積もられました。
◆今後はさらに悪くなる?わずかな気温の違いが被害の大きな差に
将来の影響については、気温がどれだけ上昇するとどれだけ悪化するか見積もられているものもあります。
世界各国は産業革命前に比べ気温上昇を1.5℃までに抑えることを目指していますが、例えば洪水では、この1.5℃に抑えられた場合に比べ、それより0.5℃高い2℃まで上昇した場合では、対策を取らなければ被害が最大2倍に増加。3℃上昇すると最大3.9倍にも被害が増えると見積もられています。
他にも、2℃以上の上昇では世界的に食糧不足のリスクがさらに増すと予測されます。生物多様性も、1.5℃を上回ると絶滅の危機に瀕する動植物の種類が急増すると見られます。こうした生き物の変化は熱帯性の感染症とも関係し、デング熱という蚊が媒介する病気のリスクにさらされる人口は日本などアジアを含め数十億人に上るとされます。
◆日本では今後どんな悪影響が起きる?
IPCCの報告書のもとになっているのは世界各国の研究や論文で、日本でもこれまでに 幅広い分野への影響予測が出ています。
近年既に台風や大雨によって水害の被害額がこのように増加していますが、今後はさらに1日に200ミリ以上という大雨の日が1.5倍以上に増えるとされ、洪水のリスクが倍増し、土砂災害は発生頻度も規模も増すと予測されています。
その他、最高気温35℃以上の猛暑日は、このまま温暖化が進むと今世紀末には全国平均で20世紀末より19日も増えると予測されています。熱中症など暑さによる死亡リスクは2倍以上に増加。東京や大阪では日中屋外で働ける時間が30~40%も減少します。
食糧自給率が低い日本で農業や漁業への影響も心配されますが、このまま温暖化が進むと米の品質が低下し、果物の種類によっては栽培が困難な地域も広がります。畜産では、暑さによるストレスで乳牛の生産力が下がり、ブタや鶏の成長も悪化すると予測されています。漁業では、サケ・マスやサンマなど多くの魚種で日本周辺で漁獲が落ちることが懸念されます。別の研究ではウニやホタテ、エビやカニなどの漁獲も減るおそれがあるとされていて、そうなると将来おなじみの寿司ネタの大部分がなかなか食べられなくなるかもしれません。
◆深刻な予測に対しどうすればいい?
IPCCの報告書では、温暖化の被害を減らすための適応策の重要さを挙げています。
適応というのは、例えば農作物を品種改良で高温に強くする、洪水のリスク増加に対し防災力を強化する、などの対策を指します。日本でも去年10月に国が法律に基づく「気候変動適応計画」を策定しており、各地でこうした品種改良や「流域治水」と呼ばれる新たな水害対策も進めてはいます。
ただ、温暖化が進むにつれて、こうした適応策で対処できる限界に達しつつある分野もあるともIPCCは指摘しています。
結局のところ、1.5℃と2℃でも被害が大きく異なるように少しでも気温の上昇を抑えることが被害を減らし、多くの人の命を守ることにもつながります。そのためには一刻も早く世界全体で温室効果ガスを大幅削減する必要があります。
IPCCの報告書は三部構成と言いましたが、こうした排出削減策については来月まとめられる第3部で報告されることになっています。
日本でも今、社会システム全体で脱炭素化を進める「クリーンエネルギー戦略」の策定が進んでいますが、2050年脱炭素社会に向けて対策の加速が求められます。そして私たちのくらしの中でも、1つ1つは小さなことですが、省エネや宅配便は一度で受け取って再配達にならないようにするなど、出来ることから積み重ねていくことが大切だと思います。
(土屋 敏之 解説委員)
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