新型コロナの感染者が急増する中、患者の搬送で活躍している民間の救急サービス。いわゆる「民間救急」。コロナ禍で、その存在意義が高まっています。
119番通報の救急車とは何が違うのでしょう。名越章浩解説委員が解説します。
【民間救急とは】
“民間救急”の出動の様子を取材して、まず気づくのが「静かな出発」であること。
サイレンは鳴りません。
そもそも車両にはサイレンも無ければ、赤色警光灯、いわゆる赤色灯もありません。
これが、民間救急の大きな特徴の1つです。
119番通報を受けて出動する救急車は、患者を救急搬送する際にサイレンを鳴らし、赤色灯を付けて緊急走行します。赤色灯は、法律でパトカーや救急車などの緊急自動車に設置が義務付けられているものです。
一方、民間救急は、そもそも救急車とは違って、役割は、緊急性が低い患者の搬送にあたるサービスなのです。
だから、緊急車両としての赤色灯はありません。つまり、緊急走行はできません。
もともと、こうしたサービスは、日本社会の高齢化や医療体制の変化などに伴って誕生したサービスです。
車いすごと乗れるようなタイプの貸し切りの福祉車両を見たことがある人もいると思いますが、要はあれと同じカテゴリーです。
例えば、コロナの感染拡大前は、入院患者が別の病院に移るときとか、身体が不自由な人が通院などに使う車両として主に使われてきました。
ところが、コロナの感染拡大後は、重症患者は119番通報の救急車が搬送しますが、比較的症状の軽い患者の病院搬送や転院、宿泊療養施設への移動では、民間救急がその役割を担うケースが多くなっていて、結果的に消防機関の負担軽減に貢献しているのです。
【民間の力に注目】
119番の救急車の出動回数は、全国で年間593万件あまり(令和3年・消防白書より)にのぼっています。これは、およそ5.3秒に1回の割合で救急隊が出動している計算になります。
新型コロナ以外の命に係わる病気や事故などで救急搬送が必要な患者を1人でも多く救うためには、比較的緊急性の低い患者については、民間の力を活用する必要があるのです。
特にオミクロン株の感染拡大が続く最近は、中等症や軽症者が増えています。
実際、私が取材した東京・日野市の「民間救急フィール」は、ことし1月に入って以降、保健所から搬送の依頼が急増したといいます。
多い日は1日に25件ほどの搬送依頼を受けていますが、10件程度は依頼を断らざるを得ないケースがあるということです。
【実は定義は不明確】
では、民間救急の事業所はどれくらいあるのでしょうか。
実は、その数はハッキリしません。
というのも、「民間救急」という名称は、あくまでも119番の救急車と区別するため、分かりやすくそう呼ばれていますが、実はその定義は明確ではないのです。
ただ、消防庁が設けた「患者等搬送事業」という制度があり、この制度で認定された事業所が、ほぼこの民間救急に該当するといわれています。
その数は、去年の4月1日現在、全国47都道府県の合計で1447事業所です。
【「患者等搬送事業」の認定条件】
では、「患者等搬送事業」の認定条件は何があるのでしょうか。
総務省消防庁によりますと、まず、車両が十分なスペースのある構造になっていることが認定の条件です。
つまり、車いすやストレッチャーなどを載せる構造になっていないといけません。
また、搬送に使う車に、AEDの使い方など救命講習を受けた人を乗車させることとなっています。
要は応急的な対応ができる人が乗っていることが認定の条件になっているのです。
【民間救急のあれこれ】
一方で、民間救急で出来る事には限界もあります。
例えば、119番通報の救急車は、乗車している救急隊から医療機関に直接連絡をして、患者を受け入れてもらいますが、民間救急は、医療機関を乗務員が探して決めることはできません。
利用者が、どこか病院を探してください、と頼んでもダメなのだそうです。
このため、ほとんどの場合、予約で動いているのが民間救急です。
ただ、予約といっても119番通報のように、全国統一の電話番号があるわけではありません。
(※事業所同士で協力し1つの電話番号で統一しているところもあります)
では、自分が感染したらどうすれば良いのか不安に感じる方もいらっしゃるかもしれません。
実は、新型コロナの感染者の場合の多くは、保健所が手配してくれるので、自分で電話をかける機会はほぼ無いのです。
というのも、もし自分にちょっとおかしな症状が出始めたなと感じた場合、いきなり入院ではなく、まずは発熱外来などの医療機関に行きますよね。
このため初期の段階で保健所に連絡がいき、入院するのか、宿泊療養施設に行くことになるのか、あるいは自宅療養なのかなど、指示を受ける形になります。
その話し合いの過程の中で、保健所が必要に応じて民間救急を手配してくれるケースが多いのです。
【気になる費用は?】
では、費用はどうなるのでしょうか。
貸し切り料金や人件費だけでなく、コロナの場合、車内の消毒、感染対策用の防護服など通常以上の経費がかかります。例えば東京都内の事業所だと、コロナ患者の搬送では、1回につき、少なくとも数万円以上かかると言われています。
これが、個人で直接電話して頼めば有料ですが、保健所経由で出動要請があった場合は、患者が負担しなくてもいいように公費負担になるケースが多くなっています。(2022年2月16日現在)
ただ、自治体によって対応に違いがありますので、自分が住んでいる市区町村はどういう対応なのか、保健所が手配してくれるときに、あわせて確認してみて下さい。
身近な存在であるにも関わらず、意外と知らないことの多い“民間救急”。
今はまだ国の制度として民間救急は定義づけされていませんが、業界内には、利用者がより分かりやすいような制度に整えてほしいという声もあります。
コロナ禍で需要が増している今こそ、議論を深める機会にしてほしいと思います。
(名越 章浩 解説委員)
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