【脱炭素“先行地域”とは?】
先月から国が、全国の自治体などを対象に「脱炭素先行地域」の募集を行っています。
これは、市町村全体でなくても一定の地域を決めてその範囲内でかまいませんが、家庭や業務部門(お店やオフィスビルなどが含まれます)で、電気を使うことで出るCO2を2030年度までに実質ゼロにすることをめざす計画を募集する、というものです。
実現するには再生可能エネルギーの大量導入が必要になりますが、これとあわせて例えば防災や雇用創出など、温暖化以外にも地域が抱える課題の同時解決にもつながることが条件になっています。
国はこの春までにまず2、30か所の先行地域を選定しますが、選ばれた地域には計200億円の予算で再エネ設備の導入などを支援する方針です。先行地域は、今後さらに100か所(以上)に増やしていく予定です。
日本全体での目標は2030年度に温室効果ガス46%削減(2013年度比)、2050年に実質ゼロですから、それより大きく「先行」する話と言えます。
【脱炭素先行地域のねらいは?】
国はこの46%削減に向けて、去年分野別の目標も設定しました。その中で特に大きな削減率を求められているのが、実は私たちの家庭や業務部門です。家庭では2013年度に比べて66%も削減ですから3分の1に減らさなくてはなりませんが、実現できる具体的なめどはまだ立っていません。これを加速するため、できる地域から大きく減らしてもらおうとのねらいがあります。
国はこうした取り組みを「脱炭素ドミノ」と呼んで、先行地域から全国に言わばドミノ倒しのように加速度的に脱炭素化を広げていくことを目指しています。
【電力を使うことで出るCO2を実質ゼロにするには、具体的にはどうすればいい?】
基本的には、その地域の電力消費以上の電気を再エネで生み出すというのが考えられます。現在、応募を検討している自治体がどんな取り組みをしているかの例を挙げます。
北海道鹿追町は3万頭以上の牛が飼育されている酪農の町です。ここでは悪臭の原因になるとしてこれまで厄介者扱いされていた大量の牛の排せつ物を回収して、町の施設で燃料になるバイオガスを作る取り組みを進めています。このバイオガスで発電を行い、既に町内の電力消費の9割に相当する量になっているほか、余熱も暖房などに利用してハウスで南国の果物の栽培なども試みています。さらにバイオガスから水素を作る実証事業も行い、水素で走る燃料電池車に供給しています。今後はこのバイオガスプラントをさらに増設して再エネでの発電量を町全体の電力消費より多くする計画で、これにより「電気を使うことで出るCO2実質ゼロ」の地域を実現しようとしています。
重要なのはそれぞれの地域にあった再エネの導入法などを見つけることです。
岡山県真庭市も応募を目指している自治体のひとつで、こちらは市の面積の8割を山林が占める林業が盛んな地域でした。そこで、未利用の木材や製材で出る木くずなどを燃料にして1万kWという大型のバイオマス発電所を稼働させています。未利用だった木材にも価値が生まれることで山林の手入れも行われるようになり、これは山の保水力を維持することで水害や土砂災害を防ぐ防災への期待もあります。
【再エネ大量導入は大都市部などでは難しいのでは?】
都市部には都市部で参考になる計画もあります。
神奈川県小田原市では、企業と共同で今後一般家庭から太陽光発電の電気を集め、地域の防災に活用する計画を進めています。地域の電力会社が家庭の屋根に太陽光パネルを設置し、その家庭には安めの価格で電力供給する方法も使って再生可能エネルギーの導入を拡大します。市は防災拠点となる公園に太陽光パネルと大容量の蓄電池、電気の需供給を調節するシステムを整備して、これと結びます。公園内には電気自動車への充電設備も設けています。そして災害時には、50台のEVを持つカーシェアリング事業者と協力しここでEVを充電します。このEVを各避難所に派遣して電源として活用する、つまり再エネの拡大と防災力強化を両立させる計画です。
このように「脱炭素先行地域」は、今後全国に脱炭素化を広げていくモデルケースになることが期待されていて、他の自治体でも参考にして取り組みやすいアイデアをというのも選定のポイントになっています。
【今後、地域の脱炭素化が進むための課題は?】
まずは、その地域ならではのエネルギー資源にあたるものを見いだせるか知恵を出し合う必要がありますし、初期投資には国の支援も欠かせないでしょう。
地域への再エネ大量導入を巡っては、近年メガソーラーの建設に伴う環境悪化を懸念する住民とのトラブルなども相次いでいます。先月、埼玉県で進められているメガソーラーの計画について、環境大臣が、大量の土砂の搬入で環境への負荷が生じると考えられるなどとして抜本的に見直すよう初めて求めました。いかに住民の理解を得て地域の発展につながる計画にできるかが重要なカギになると思います。
また、脱炭素社会の実現には、こうした地域の脱炭素化ももちろん大切ですが、CO2排出量を分野別に見ると、より大きいのは工場などの産業部門ですし、発電所で化石燃料に頼っている間は電気を使う私たちの暮らしも脱炭素化は困難です。こうしたつながりあった社会システム全体で、脱炭素化を加速していく大きなビジョンを国は迅速に具体化していく必要があります。
(土屋 敏之 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら