『私たち金持ちから、もっと税金をとってください!』
世界の億万長者たち100人が連名で出した、異例の声明が波紋を呼んでいます。
その背景には「広がる格差」の問題が。
その現状と、暮らしへの影響について、櫻井解説委員です。
【コロナ禍で金持ちはさらに金持ちに?!】
Qいくらお金持ちでも「私たちからもっと税金をとってください」とは、どういうこと?
A背景には、「コロナ禍でお金持ちがますますお金持ちになっている」
という実態があるんです。
国際的なNGOオックスファムが先月中旬に発表したデータによると
世界長者番付でトップ10人の資産は、
この2年間で日本円にして80兆円から170兆円にまで、2倍に増えています。
Qコロナなのに資産が倍増の理由は?
A新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、
各国は大規模な景気刺激策を行ないましたが、
その結果として、おカネが株式市場などに流れ込み、
資産家がもっている株式や金融資産の価値が上がったんです。
人々の暮らしを助けるための景気刺激策が、
お金持ちのもつ資産の価値も押し上げ、富が富を生む形になったんですね。
Qでもほとんどの人は、コロナで豊かになったりはしていないですよね。
Aなっていません。逆に、世界で貧困に直面する人の数は、
感染症拡大やそれに伴う景気後退の影響で、20年ぶりに増えてしまいました。
別のデータをみても、世界の資産上位10パーセントの人たちが、
富の75パーセントを独占している、という数字があります。
【格差是正求める声も】
資産家たちは、人一倍努力し、その結果として富を得ている人も多いので、
そのこと自体を批判するのは筋違いだ、という意見も、当然あると思います。
ただ、格差があまりにも開いてしまうと、
生まれた国や家庭環境によって決定的な差がつき、努力による逆転が難しくなります。
そこで冒頭にご紹介した100人の億万長者による声明の話に戻るんですが、
お金持ちの間からですら、
この格差はたださなければならないという声があがっています。
富裕層からもっと税金をとるといった、より公平な税制に変えてほしいという主張です。
【日本では格差は広がっている?】
A海外にくらべればそこまで深刻ではないといわれてきた日本ですが、
実はコロナの影響もあって、格差が広がりつつあるのでは?とみられています。
こちらは年収が300万円未満の世帯と、年収600万から700万円の世帯、
そして1千万円以上の世帯の収入が、コロナ感染拡大前の3年前とくらべて、
それぞれどうなったかを示したものです。
年収300万円未満の世帯は、2020年、2021年と依然としてマイナス。
これに対し、600万円から700万円世帯は減った分をいくぶん取り返しつつあります。
そして1千万円以上の世帯は、去年はむしろ収入が増えています。
Qどうして年収300万円未満の世帯だけ、回復が遅れている?
A正社員ではなく、非正規雇用の人が多く、労働時間が減らされた方もたくさんいるとみられること。またコロナで特に打撃を受けている対面サービス型の仕事に携わっている人が多いからではないかとみられています。
一方、年収が高い人たちは、2019年より去年のほうが会社の業績がよく、ボーナスなどが増えたと思われます。いずれにせよ、収入が低い世帯ほど、コロナによる経済的な打撃が大きい、ということです。
そして実は今、もう一つ、こうした状況に追い打ちをかけるような要素があるんです。
【インフレが格差拡大に追い打ちをかける】
それは、インフレ、具体的には食品やエネルギー価格の上昇です。
来月・3月の電気料金は直近5年で最も高くなることが発表されていますし、
醤油やマヨネーズ、小麦粉、コーヒーと、食品も、幅広く値上がりしています。
そこで今度は、食料やエネルギー関連の値上がりが、家庭にどの程度の負担をかけるかを、年収別に試算したデータをお見せします。
まずことし一年でどのくらい負担が増えるかの予想では、
▼年収300万円未満の世帯では、4万2千円あまり。
▼600~700万円の世帯では、5万5千円あまり。
▼1000万円以上の世帯では6万7千円あまり。となっています。
Q金額ベースでは、収入が多い世帯のほうが負担も重くなる見込みですね。
Aただ、世帯収入に対する負担率、でいいますと、
▼年収1千万円以上の世帯にとっては、
去年にくらべて0.5ポイントの負担増なのに対して、
600万から700万円世帯で0.9ポイント、
▼300万円未満では、1.8ポイントも負担が増えることになりそうなんです。
今後の物価の動きについて、専門家は食品もエネルギーも、小売価格への転嫁はまだ始まったばかりで、値上がりは当面続くとみていて、相当な負担が予想されます。
この試算をしたみずほリサーチ&テクノロジーズの嶋中由理子エコノミストによりますと、「生活必需品の値上がりで、年収300万円未満の世帯にとっては、消費税を2パーセント上げたぐらいの負担の重さがのしかかることになる。所得が低い家庭ほど、コロナによる収入の減少とあわせた『二重苦』に直面することになる」と話しています。
そして、一番心配されるのが、こうした目先の負担が、将来にわたって格差を拡大する原因になりうることです。
【コロナとインフレで将来世代の格差拡大も】
所得の低い家庭ほど、支出を切り詰めなければならないため、子供の教育費を減らす動きが出ています。
低所得世帯と、高所得世帯の教育費を比較しますと、コロナ感染拡大前の2019年と、去年2021年とで、
▼高所得世帯では4.8パーセント増えているのに対し、
▼低所得世帯は15.1パーセントも減らしています。
所得が低い家庭では教育費におカネをまわす余裕がなく、学習教材などに使うおカネがマイナスになっています。
一方、余裕のある家庭では、コロナで臨時休校になった分を、塾や家庭教師で補おうという動きがみられます。
またこのほかにも、
▼コロナを理由に、休学・退学を余儀なくされた人の割合が増えているほか
▼所得の低い家庭の子供たちほど、オンラインによる双方向授業を受ける機会が少なく、勉強時間も減っている、というデータがあります。
こうした事態が長引けば、子供たちの「教育格差」が広がるおそれがあります。
【求められる対策】
そこで、「格差の固定化」を防ぐことが重要です。
政府はこれまで子育て世帯への給付金や奨学金の拡充などをすすめてきましたが、
コロナが長引き、インフレも当面続くとみられる中、
▼所得の少ない世帯、打撃を受けている家庭へ迅速に、かつピンポイントで、
継続的に支援できる仕組みを、デジタル化もすすめながら作ること。
▼そして、より公平な税制のための改革をすすめることが必要ではないでしょうか。
個人の努力だけではどうにも埋められない格差、埋めようがない格差を解消することが、日本をはじめ各国政府の責務だと思います。
(櫻井 玲子 解説委員)
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