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『特別展 ポンペイ』 噴火で壊滅した古代都市の豊かさと教訓

二宮 徹  解説委員

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およそ2000年前、火山の噴火で壊滅した古代ローマの都市・ポンペイ。その貴重な出土品を集めた展示会が東京・上野で開かれています。当時、日本は弥生時代。ポンペイではどんな生活をしていたのでしょうか。そして、111もの活火山がある日本への教訓について、二宮徹解説委員が解説します。

<ポンペイとは?>

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ポンペイは、イタリア南部にある古代ローマ帝国の地方都市の遺跡です。私は2度行ったことがありますが、ナポリから鉄道で40分ほどです。
西暦79年、10キロほど離れたヴェスヴィオ山が噴火。高温の火砕流や噴石に襲われ、5,6メートルもの火山灰に埋まりました。およそ1万人が暮らす都市がたった1日で消えてしまったのです。

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最も有名なのは、噴火の400年前にあったアレクサンドロス大王の戦いを描いたモザイク画です。大邸宅の床に描かれていました。本物はナポリの博物館で修復中なので、高精細8K映像でほぼ実物大の展示をしています。色のついた石やガラスのかけらを埋め込んで描かれ、2000年たっても鮮やかな色合いです。

<古代ローマの豊かな文化と生活>
会場にはおよそ150点が展示されています。いくつかご紹介します。

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左側は「青の壺」と呼ばれる工芸品です。青と白のガラスを重ね、細かい浮彫を施しています。2000年前にこんなに細かく作っていたとは驚きです。
右側は、ブロンズ製の水道のバルブです。水道管は鉛などでつくられ、街じゅうの水汲み場や公衆浴場に行き渡っていました。
当時、日本はまだ弥生時代。稲作が定着し、土を焼いて土器や人形を作っていたころで、卑弥呼が登場する少し前です。

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こちらはパン屋の店先を描いた絵です。30軒以上のパン屋さんがありました。この絵にあるパンの実物も展示されています。焦げて炭化したパンです。切り分けやすいように切れ目が入っています。

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こちらは、私が撮影してきたパン屋の窯です。今の窯焼きピザのレストランと同じ造りです。窯の形も今とほとんど同じです。

<ポンペイの意外な一面>

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左の犬のモザイク画。邸宅の玄関の床にありました。なぜ犬の絵が玄関にあったのでしょうか?
「猛犬注意」です。当時も泥棒に困っていて、番犬を飼っていたようです。別の家には違う犬の絵があり、「犬に注意」と書かれています。今も玄関に「猛犬注意」のシールを見かけますね。
右側は、通りに面した壁にあった文章なのですが、「部屋貸します。連絡ください」と書かれています。いわば「賃貸広告」です。賃貸広告まであったとは、2000年前とは思えない暮らしです。

<噴火の恐ろしさを伝える>
しかし、こうした豊かな文化や日常も1日で歴史から消えました。噴火の恐ろしさを伝える展示もあります。

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こちらは犠牲になった女性の石膏像です。亡くなった瞬間の姿が復元されています。
どうして亡くなった時の姿がわかるのか、詳しく説明します。

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人々は高温の火砕流や火山ガスに襲われて、その場で亡くなり、そこに湿った火山灰が積もって、地層はセメントのように固くなりました。そして、堅い地層の中で遺体は徐々に分解され、骨を残して空洞ができました。

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発掘で見つかった空洞に水に溶かした石膏を流し込むと、遺体の形で現れたのです。このため、石膏像には遺骨が入っています。

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現地には、他にもたくさんの石膏像が大切に保管・展示されています。一人一人の最期の瞬間です。

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左は噴火する前のヴェスヴィオ山が描かれています。右側が今の様子です。形が変わっていますが、山はその後も噴火が相次ぎ、形が大きく変わったのです。なくなった部分は噴火で吹き飛んで降り注いだ他、山崩れや土石流で周辺を埋め尽くしました。このため、ポンペイや周辺にはまだ発掘されていない場所が多く残っているのです。

<日本の噴火被害と巨大噴火の可能性>
火山国・日本でも集落が埋まる被害はいくつもありました。

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例えば江戸時代、1707年の富士山の宝永噴火では、今の静岡県小山町にあった須走村が3メートル以上、埋まりました。また、1783年の浅間山の天明噴火では、今の群馬県嬬恋村にあった鎌原村が火砕流や溶岩流に埋まりました。ポンペイはひとごとではないのです。
ただ、鎌原村では、住民およそ600人のうち、2割は丘の上に逃げて助かりました。一方、ポンペイでは数日前から地震があったのに、噴火を予想して避難することはなかったといいます。
噴火の規模が違いますが、災害に直面した時、最大限の努力をすることが大切です。

そして、実は、日本でポンペイよりはるかに大きな噴火が起きるおそれがあるのです。

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噴火の大きさを表す「火山爆発指数(VEI)」です。0~8まであり、1つ上がると10倍大きくなります。ポンペイや富士山はレベル5、浅間山の天明噴火は4です。
先日のトンガの噴火で広がった噴煙の半径は最大およそ250キロ。富士山に当てはめると能登半島や琵琶湖に達するほどです。今のところ、ポンペイ・富士山と同じ5か、一つ上の6と見られていますが、日本でも、レベル6以上の巨大噴火がいつ起きてもおかしくないのです。

過去の巨大噴火の痕跡が、カルデラという地形や火山灰の地層に残っています。過去十数万年に、レベル6以上の巨大噴火を起こしたカルデラが北海道や九州に多くあるほか、本州にも2か所あります。
このうち、阿蘇山と桜島、それぞれの「本体」と言える「阿蘇カルデラ」と「姶良カルデラ」の噴火では、火砕流で九州が壊滅、火山灰は日本のほぼ全域を覆いました。また、7300年前の「鬼界カルデラ」の噴火では、南九州の縄文人が壊滅したと見られています。これらは7に分類され、ポンペイや富士山の何百倍もの規模です。
しかも、こうした日本での巨大噴火の間隔は平均6000年ほどなのに、この7300年間、起きていません。つまり、ポンペイの何百倍もの噴火が近く起きる可能性があるのです。

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噴火の予測は何日前、何時間前にできるかわかりませんし、必ずできるとも限りません。つまり、私たちも、ポンペイのように大噴火に直面するかもしれないのです。
国は巨大噴火の研究や観測、情報伝達の整備をもっと進めてほしいと思います。私たちも、火山への関心を高め、避難や備蓄などの備えをしておく必要があります。展示会を見て、あらためて感じました。
「特別展 ポンペイ」は、2022年4月3日まで東京・上野の東京国立博物館で開かれています。コロナ禍で人数制限があり、事前の日時予約を推奨しています。

(二宮 徹 解説委員)


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