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"赦し"と"和解"ツツ元大主教が遺した言葉

二村 伸  解説委員

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去年の暮れ90歳で亡くなったツツ元大主教の生前の言葉です。

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If you want peace, you don’t talk to your friends. You talk to your enemies.
「平和を望むなら友人とは話さない。敵と話します」

ツツ氏は南アフリカのアパルトヘイト・人種隔離政策の撤廃に尽力し、ノーベル平和賞を受賞。差別や不公平と戦い、数多くの名言を遺しました。コロナ禍で先の見えない状態が続く中、ツツ氏の言葉から今を生き抜くヒントを考えます。

●ツツ元大主教とはどんな人だったのでしょうか?

まさに南アフリカの良心、道徳的な支えでした。笑顔を絶やさず茶目っ気がある一方で、歯に衣着せぬ物言いが印象に残っています。黒人解放闘争の指導者だったネルソン・マンデラ氏とともに精神的な支柱として多くの人々に慕われました。日本でもこうした小学生にもわかりやすく書かれた伝記が出版されています。

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大主教というのはキリスト教の役職の一つで、ツツ氏はイギリス国教会を母体とする南アフリカ聖公会の最高位であるケープタウン大主教をつとめました。
1931年に貧しい家庭に生まれたツツ氏は果物売りなどをしながら教師になりましたが、黒人の教育を制限する法律ができたことがきっかけで聖職者に転じ、少数派の白人が国を支配するアパルトヘイト・人種隔離政策の撤廃を訴え続けました。1984年にノーベル平和賞を受賞したときの言葉です。

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「この賞は駅のそばでジャガイモやトウモロコシを売ってかろうじて生活している母親や、1年のほとんどを子どもから引き離され単身者用の宿舎で座っている父親、ごみのように捨てられた人たち全員に与えられた賞です。世界中の人があなたたちを平和を愛する人間だと認めてくれたのです」

ノーベル平和賞はすべての黒人に与えられたものだと述べ、賞金の一部は国外に逃れた黒人の若者たちの奨学金に充てられました。

●アパルトヘイトに反対するのは勇気がいることだったのではないですか。

はい。アパルトヘイト体制のもとでは人口の80%を占める黒人が、全土の13%にすぎない痩せた土地に押し込められ、許可なく移動することができませんでした。黒人は白人が住む地域に外国人労働者として出稼ぎを強いられ、街中では白人と黒人やアジア系など白人以外は乗り物もレストランもトイレも別々でした。白人政府は体制維持のためにマンデラ氏ら活動家をいっせいに逮捕、収監しました。こうした中でツツ氏は非暴力主義を貫き、対話による解決を求めました。それが冒頭の言葉にもあらわれています。ツツ氏はこのようにも話しています。

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「黒人は白人を嫌っているのではない。嫌っているのはアパルトヘイトと不平等、抑圧であり、優しさと正義、平和は大好きなのです。肌の色でなく神様が望んでいるような人間かどうかだけが問われる素晴らしい未来に向かって歩こうとしているのです」

白人に対し黒人への理解を求めた言葉です。黒人と白人は一つの家族として生きることができるとも述べています。後にマンデラ大統領が掲げた「黒人と白人の共存」は、ツツ氏の影響を受けたのではないかと思います。

●ツツ氏はマンデラ氏と関係が近かったのですね。

南アフリカのラマポーザ大統領は、マンデラ氏が民主主義の父ならツツ氏は国の精神的な父だと述べています。この二人がいたからこそアパルトヘイトが平和裏に終焉したのだと思います。
1990年2月11日、マンデラ氏が釈放されました。27年間の獄中生活を終え、市内で演説後向かったのはツツ大主教公邸でした。当時の様子は今も鮮明に記憶に残っています。翌朝、真っ青な空の下、世界中から集まった報道陣の前に二人は笑顔で現れました。釈放後最初の記者会見でマンデラ氏は白人への恨みはいっさい口にせず、共存をめざす姿勢を打ち出しました。ツツ氏は後にマンデラ氏が長い間投獄されたことについて、こう話しています。

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「包容力を身につけ、敵と見なしていた人たちが人間であることを発見するためにも時間が必要だったのです。27年の年月がなかったら慈悲の心や寛大さ、他人の立場になって考える力を持つことはなかったでしょう」

苦しみを経験したからこそ思いやりの心を養うことができたというのです。

●アパルトヘイトはその後廃止されたのですね。

1994年、初めて黒人も含むすべての人種が参加する選挙が行われ、マンデラ氏が大統領に就任しました。新生南アフリカがめざしたのは様々な人種や文化、言語からなる「虹の国」。ツツ氏が長年求め続けたものでした。その後アパルトヘイト時代の人権侵害の実態を解明する真実和解委員会の委員長に就任。ときには被害者の証言に涙を流し、罪を赦すことと和解の重要性を訴えました。

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「怒りと憎しみを持ち続けると加害者に縛られ続けます。
赦すことで、過去から解放され前に進むことができるのです」

つらい過去は過去として受け止め、復讐ではなく相手を赦すことで過去に縛られず新たな人生を踏み出すことができる、これがツツ氏が訴え続けたことです。
ツツ氏は性的マイノリティーの人たちにも深い理解を示し、同性愛者に批判的だった教会を強く批判しました。

●権威に対しても言うべきことは言う人なんですね。

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世界の指導者たちにもはっきりとモノを言い続けました。
パレスチナの状況を南アフリカの黒人が抑圧されていたアパルトヘイトと同じだとして、「中東には平和を見通せる指導者がいない」と和平を拒むイスラエル政府を非難。イラク戦争に踏み切ったアメリカのブッシュ大統領とイギリスのブレア首相を、「世界を不安定化させ分裂させた」と批判し、自らの行動の責任をとるべきだと主張しました。ミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏には、少数派のイスラム教徒ロヒンギャの人たちへの弾圧を見過ごしているとしてノーベル平和賞の返上を求めたことでも知られています。黒人に対しても容赦せず、ときにはマンデラ氏はじめ歴代の大統領を公然と批判することもありました。
その一方で、人種や宗教を問わず市井の人々に手を差しのべ、世界各地の紛争や人権など諸問題の解決につとめました。

●ツツ氏の死を多くの人が悲しんだでしょうね。

葬儀は1月1日、ケープタウンの大聖堂で、ツツ氏の希望通り簡素に執り行われましたが世界中から死を悼むメッセージが寄せられました。

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エリザベス女王は「大きな優しさとユーモアが好きだった」とツツ氏をしのびました。
アメリカのオバマ元大統領は、ツツ氏を「道徳上の羅針盤だった」とたたえ、「ユーモアを失わず、敵対する人たちにも人間性を見出そうとする気持ちを持ち続けた」と述べました。

ツツ氏は他にも数多くの名言を遺しています。

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「不当なことが起きたときに中立を主張するのは、抑圧する側を選んだことを意味する。ゾウがネズミの尻尾を踏んでいるときに中立だと言ってもネズミはあなたを決して中立と思わないだろう」

今の社会にも通じるのではないでしょうか。いじめを傍観するのは中立ではなくいじめる側に立っているのと同じだということです。

「希望は、真っ暗闇の中でも光があると信じることです」

アパルトヘイト時代に黒人は抑圧され絶望の淵にいました。また世界では今も紛争が絶えず、コロナ禍で富める人と貧しい人の格差がますます広がり、食べることにも困っている人が大勢います。そうしたときだからこそ希望を見いだすことが必要です。
赦しと和解、他者への思いやりと希望を持ち続けることを訴え続けたツツ氏の言葉の重みを今あらためて感じます。

(二村 伸 解説委員)

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