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ユニバーサル野球 誰でも大活躍!

小澤 正修  解説委員

障害がある人もない人も、誰もが楽しめるように考え出された新しい野球があるのをご存じでしょうか。それが「ユニバーサル野球」です。12月にこのスポーツの全国大会が初めて開かれました。どのようなスポーツなのか、そして考案された背景にある思いはなにか。小澤正修解説委員です。

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【ユニバーサル野球って?】
ユニバーサル野球とは、障害や性別、年齢にかかわらず、誰もが楽しめる野球です。子どもの頃にボードゲームのひとつ、野球盤で遊んだことがある人も多いかと思いますが、ユニバーサル野球は、巨大な野球盤でやる競技と考えてもらえればイメージしやすいかと思います。

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野球盤と同じように、打ったボールが飛んだ場所によって、「ホームラン」や「ヒット」、「アウト」などの結果が決まり、それで得点を競います。基本的に、野球の「打つ」部分に特化した形で、チームを組んで対戦します。プレーする場所は、両翼5メートル、センターまでは6メートルと一般的な野球盤のおよそ10倍で、体育館や屋外のグラウンドに強化段ボールや木製の部品を組み立てて作ります。

【誰でも楽しめるようこらした工夫】
ユニバーサル野球の大きな特徴が「ボールは投げない」ということです。通常の野球盤なら、マウンドにあたる場所にパチンコ玉のようなボールを置き、レバーを離した勢いで投げて、バッターはタイミングにあわせてボタンを押し、打ち返します。

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一方、ユニバーサル野球では直径10センチの大きなボールを使い、そのボールはホームベース付近で回転するターンテーブルに載っています。ばねの力で動くバットの先端には、深さ5ミリほどの穴があけられていて、バットはそこに差し込まれたピンで固定されています。そして打ちたいタイミングでピンにつながっているひもを引くと、スイングができる仕組みです。というのも、重い障害がある人にとっては、通常の野球盤のように、投げられたボールにタイミングをあわせてボタンを押すことは、非常に難しいからです。試行錯誤を重ねた結果、指が1センチ動けば、そのわずかな力でもピンが抜け、バッティングを楽しめるようになりました。

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こうした競技への工夫は、去年の東京パラリンピックでも注目され、例えばボッチャでは、ボールを手で投げることができなければ足で蹴ったり、自力で投げられなくとも「ランプ」と呼ばれる滑り台のような器具を使ったりすることができます。自分のできるやり方で、高いパフォーマンスを発揮する選手の姿に多くの人が熱くなったのではないかと思います。ユニバーサル野球も、障害にかかわらず、そして性別や年齢も関係なく誰もが一緒に野球の醍醐味が楽しめるスポーツです。それが「ユニバーサル」と名付けられたゆえんでもあります。

【考案の背景にある思いは】
ユニバーサル野球を考案したのは、鉄道車両の保守・点検を行う企業で障害者支援に携わっている中村哲郎さんです。

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中村さんは東日本大震災でボランティアとして被災地に行った際に、障害者支援を意識するようになり、仕事のかたわら、障碍者スポーツの指導者として活動をしていました。そんな中、5年前に偶然スポーツ教室で、脳性まひの少年と知り合ったことがユニバーサル野球を考え出すきっかけになりました。思うように体を動かせない少年が「野球をやりたい」と訴えるのを聞き、高校野球の伝統校、北海高校で甲子園を目指した中村さんは「野球の楽しさをなんとか感じさせてあげたい」とファイトがわいたそうです。最初は風船でキャッチボールをしたり、車いすを押してあげてベースランニングをしたりすることも試したそうなのですが、「この少年が自分自身でできるプレーはないだろうか」と考え抜いた末に、子どもの頃に親しんだ野球盤をもとに、このスポーツを考案しました。参加した全員が交代で打席に入り、「ガンバレ」とか「あと少し」とか応援を受けながら懸命にボールを打ち返す。中村さんにうかがうと、打ち終わった子どもの手を握ってみると、興奮して熱くなっていたり、汗がにじんでいたりするそうです。

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ユニバーサル野球はスローガンに「応援が人を強くし、可能性を広げる」ことも掲げています。中村さんは「注目をあびて、応援されながら、自分が打ってやろう、とバッターボックスに入る。障害や性別、年齢を超えて、同じプレーヤーとして、期待に応えたいという気持ちや責任感を感じてほしい」と話しています。

【広がり始めたユニバーサル野球】

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これまでに特別支援学校での体験会などを通じて、およそ2500人がユニバーサル野球を体験しました。12月には初めて日本選手権も開催。残念ながらコロナ禍のためオンライン形式での大会となりましたが、日本工業大学の協力を受けて、遠隔操作でバットを止めるピンを抜く装置を開発し、障害がある人、その家族、福祉を学ぶ学生ら、全国の8チームが日本一を目指して熱戦を繰り広げました。今回の日本選手権の運営にはオリンピックや甲子園で審判を務めたアジア野球連盟の小山克仁審判長や、社会人野球の都市対抗野球で場内アナウンスを担当している女性らも参加して、大会を盛り上げました。小山さんは「ユニバーサル野球には、スポーツを構成する、“する・みる・ささえる”が揃っている。これからも普及につながるように協力していきたい」と話しています。「打つ」ことは野球の根幹であると言えます。つまり、この競技には野球の原点があるとも言えますので、このスポーツが広がることで、野球そのものへの理解と普及にもつながるのではないかと思います。

【誰もが活躍できる競技に注目を!】
中村さんは、次は視覚障害がある人にも楽しんでもらえないかと、ボールやバットから出る音についても研究を重ねてみたいと話しています。東京オリンピック・パラリンピックでは「多様性と調和」が大会ビジョンに掲げられましたが、あらゆる人が同じ立場でひとつのスポーツに熱中し、その経験から自分の可能性を広げていくことは、東京大会のレガシーにも合致していると思います。誰もが活躍できる、そんなユニバーサル野球に注目してほしいと思います。

(小澤 正修 解説委員)


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