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藤井聡太"四冠" どこまで強くなるの?

名越 章浩  解説委員

史上最年少の19歳3か月で「四冠」を達成した、将棋の藤井聡太竜王。
これがどれほど凄いことなのか、改めて振り返ったうえで、今年度、さらに増えるかもしれないタイトルなどについて、イチから解説しようと思います。

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【ここがすごい!四冠達成】

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そもそも四冠とは、将棋界の8大タイトルのうち、4つを同時に保持していることを言います。藤井さんの場合は、王位、叡王、棋聖に加えて、11月、竜王のタイトルを奪取しました。
過去、四冠を達成した棋士は5人で、藤井さんが6人目だったのですが、史上最年少での達成ということで、より注目されました。

これまでの最年少記録は、28年前の1993年、羽生善治さんが達成した時の年齢「22歳9か月」でした。
藤井さんはこの記録を「19歳3か月」に塗り替えたのです。
しかも将棋界最高峰のタイトル「竜王」を奪取したので尚更注目です。
さらに、去年までは一度も勝てなかった相手、豊島九段を破ってのタイトル獲得なので、藤井さんの強さが証明された対局でもありました。

【データでもわかる「最強」】

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将棋界、最強の棋士ということは、数字にも表れています。11月末時点での今年度の藤井さんの勝率は、8割2分を超えていて、170人ほどいる対局数の多いプロの棋士の中でトップです。
将棋界の勝率は6割を超えることも難しいことなのですが、藤井さんは、2016年にプロデビューして以来、ずっと年間8割を超える勝率を記録してきました。
これ自体、ものすごいことですが、今年はタイトル戦が続き、トップ棋士と直接対局することが増えていますので、このレベルの高い中で8割を超え続けるというのは、驚異的な数字といえます。

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今の将棋界は、渡辺さん、永瀬さん、豊島さん、そして藤井さんの4人が、8大タイトルを互いに奪い合っていたことから、“四強時代”といわれていましたが、このまま“藤井1強時代”が到来するのではないか、とも言われています。

【年度内に五冠の可能性も】

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そうなると気になるのが次の記録。
実は、早くも五冠達成の可能性があります。
年明けから始まる王将のタイトル戦。予選を勝ち抜いて挑戦権を手に入れたのが藤井さんです。
現在、王将のタイトルを持っているのは、名人のタイトルももつ渡辺三冠です。
奪取に成功すれば今年度のうちに史上最年少五冠が誕生します。
過去、五冠は3人しか達成していません。
藤井さんが、今年、棋聖のタイトルを防衛したときの相手が渡辺さんでした。
そのときは藤井さんが3連勝しています。
しかし、藤井さんの師匠である、杉本昌隆八段は、「棋聖戦の時とは違う」と言います。
どういうことなのでしょうか。

【“2日制の鬼”との対局】
ここで、将棋のタイトル戦の仕組みを説明しておきます。
キーワードは、この2つ。
▼七番勝負か五番勝負か。
▼2日制か1日制か。

将棋のタイトル戦って、一発勝負ではありません。
最多で7回対局して、先に4勝した方がタイトルを獲得するのが七番勝負。
五番勝負は、先に3勝した方がタイトルを獲得します。

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例えば、図にあるように、A棋士とB棋士の対局結果の場合だと、A棋士が5局目で4勝1敗ですから、A棋士がタイトルを獲得したことになります。

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では、「2日制」「1日制」とは何かというと、1回の対局にかける日数のことです。
1回の対局を2日間にわたって行うのが2日制。2日間と言っても、徹夜で行われるという意味ではなく、1日目の夕方にはいったん終わり、翌日の朝から再開して行われるのが、2日制です。
一方、1日制は、これが1日で決着します。
タイトルごとに、棋士が考えるための時間「持ち時間」の長さが決まっていて、長い対局は2日制になっています。

師匠の杉本さんがいう「棋聖戦の時とは違う」というのは、この違いを指しています。
以前、渡辺さんに3連勝した棋聖戦は、五番勝負の1日制。一方、今度戦う王将戦は、七番勝負の2日制です。
実は、渡辺さんは「2日制の鬼」とも呼ばれていて、2日制の将棋に強いのです。
杉本さんは、こう語っていました。
「陸上に例えると2日制はマラソンで、1日制は中距離走みたいな感じ。つまりペース配分が変わってくる。
1日目の折り返し地点でのペース配分が渡辺三冠は抜群にうまい」

つまり、次の王将戦は藤井さんのペース配分が見どころの1つということです。
藤井さん自身は、すでに竜王戦と王位戦で七番勝負の2日制は体験しているものの、経験で勝る「2日制の鬼」からタイトルを奪いとることができるかどうか、本当の意味で現在の将棋界の頂点に立っているかどうかを見るうえでも注目の対局になりそうです。

【全冠独占もあるの?】

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では、藤井さんが、すべてのタイトルを獲ることもありうのでしょうか。
もちろん、可能性ですからゼロではありません。
ただ、そのためには来年度もタイトル戦で勝ち続けないといけません。
かなりハードルは高いです。
全冠制覇は、1996年、7大タイトルだった当時、あの羽生さんが達成して大きなニュースになりました。
同様に、藤井さんがすべて順調にタイトルを獲り続けたと仮定すると、最短で再来年度には八冠を独占できる可能性はあります。

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師匠の杉本さんも、全冠制覇について、「今の勝ちっぷりなら、決して夢ではない」と語っていました。

【「強くなること」の意味】
ただ、藤井さん自身はあまりタイトルへのこだわりを感じさせません。
11月の竜王戦の後の記者会見でも、今後の抱負についてこう語りました。
「これまでと変わらず、強くなることを目標に据えて取り組んでいければ」

「強くなる」こととは、どういう意味なのでしょうか。
師匠の杉本さんは次のように語っています。

「藤井竜王は、欲がなく、タイトルのような形あるものにはこだわらない。それよりも自分が納得できる将棋が指せるかどうかと言うことにこだわっていて、それが強くなると言う意味」

将棋の世界では、相手のミスによって勝つこともしばしばあるのですが、藤井さんは、そんな勝ち方では満足せず、自分が納得できる将棋だったかどうか、そのための実力をつけていくことの方がはるかに関心ある棋士だという事です。
これ、棋士の中でも珍しいタイプなのだそうです。
まさに探求心の塊だと思いませんか?
純粋に将棋を極めたいという藤井さんのまっすぐな姿勢が、ここまで藤井さんを強くしたんだろうと感じました。また、多くの人から親しまれる人気の理由にもなっていると思います。
藤井さんの今後の活躍ぶりとともに、ライバル棋士たちの巻き返しにも注目していきたいと思います。

(名越 章浩 解説委員)


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