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戸籍に読みがな 個性的な読み方は?

山形 晶  解説委員

行政手続きのデジタル化を進めるため、政府は戸籍に名前の読みがなを記載する方向で検討しています。
個性的な読み方の場合、認められないこともあるのでしょうか?

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Q:これまで、私たちの戸籍には読みがながついていなかったんですね。

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A:はい。戸籍について定めた法律では、読みがなは必要とされていないんです。
ただ、日常生活では、文字と読みがなは一体で使っていますよね。

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クレジットカードやパスポートもローマ字で読みがなが表記されています。
その意味では、戸籍とは違う使い方が広がっているんです。
住民基本台帳もその1つです。
住民基本台帳では、子どもが生まれた時に提出する出生届に基づいて読みがなをつけていますが、戸籍には反映されません。
行政手続きの便宜上、使っているだけで、不正確な場合もあります。

Q:それで問題はないのでしょうか?

A:例えば、本人確認の際によく使われる運転免許証には、そもそも読みがながついていません。今、何か大きな問題が起きているわけではありません。
ただ、政府が行政手続きなどのデジタル化を進める中で、今のままでいいのか、という声が上がりました。
人の名前を検索する時はカナが必要ですので、デジタル化を進めるためにも、戸籍に正しい読みがなをつけて、行政も民間もそれを利用するのが効率的だという考え方です。
そこで今回、法務大臣の諮問機関である法制審議会で議論が始まりました。

Q:何が議論の対象になっているのでしょうか?

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A:こちらが審議会の部会で話し合われる論点です。
そもそも、読みがなをひらがなにするのか、カタカナにするのか。
そして、私たちが自治体に読みがなを届け出たり申し出たりするなど、何らかの手続きをする時に、義務化するのかどうかという問題。
そして最も議論になりそうなのがこちら。
「読みがなとして許容できる範囲」です。

Q:読みがなが認められない場合もあるということですか?

A:はい。問題は、漢字は複数の読み方があることです。

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例えば私の名前。「山形晶」と書いて「やまがた・あきら」と読みます。
これが一般的だと思いますが、もしかしたら「やまがた・しょう」かもしれません。
こうした音読みや訓読みのほかにも、人の名前でしか使われない独特の読み方もあります。

Q:人の名前を読み間違えたり、読めなかったりして、気まずい思いをすることもありますよね。

A:そうですよね。中には、親からつけられた読みがなとは違う読みがなを使っている人もいます。
最近では、子どもに外国風の名前やキャラクターのような名前、当て字のような名前をつける「キラキラネーム」と呼ばれるものもあります。
読みがなは、かなり自由なのが実態です。
出生届を出した時に、あまりにも変わった読みがなだと、窓口の担当者から「もう少し読みやすい方がいいのでは?」と言われることはあるようですが、特に基準やルールがあるわけではありません。

Q:そこで基準やルールを設けるということなんですね?

A:はい。戸籍に記載されて公的な性質のものになる以上、許容できる範囲を定める必要があるということで、議論されることになりました。

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部会では、あまりにも非常識なものだけは認めないという基準と、これに加えて、漢字の一般的な読み方や意味から逸脱したもの、つまり一般的に読めないようなものも認めないという基準を設けるという案が示されています。

Q、こうした基準が適用された場合、私たちが使っている読みがなが使えなくなる可能性もあるんですか?

A:そういうケースは、仮にあったとしても、ごく一部だと思います。
具体的に見ていきます。
まず1つ目の「非常識なものは認めない」という基準ですが、これは、名前をつける権利の乱用にあたるようなものや、公序良俗に反するものは認めないということです。

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例えば、かつて、親が子どもに「悪魔」と名付けて議論を呼んだことがあります。
結局は別の名前になりましたが、裁判で争われた時に、裁判所は、「名は極めて社会的な働きをしており、公共の福祉にも係わる。社会通念に照らして明白に不適当な名や一般の常識から著しく逸脱したと思われる名は、戸籍法上使用を許されない」という判断を示しています。
この基準に関しては、該当する人はほとんどいないと思います。

Q:もう1つの基準はどうでしょうか?

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A:はい。これは、「漢字の音読みや訓読み、慣用的に使われてきたもの、漢字の意味と関連があるものに限る」という基準も設けるというものです。
極端な例を挙げれば、「晶」という字で「のぶなが」と読ませられるか、ということです。
これは、「晶」という文字の一般的な読み方や意味から完全に逸脱しているので、この基準では認められないことになります。
ただ、こんなに無理のある読ませ方をしている人はほとんどいないと思います。
実は、すでにパスポートの表記に関してこのような基準が原則として設けられているので、パスポートを持っている人はそれに合わせておけば、基本的に問題ないと思います。

Q:ちょっと変わった名前の場合はどうでしょうか?

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A:例えば「キラキラネーム」と呼ばれるような名前も、漢字の読み方や漢字の意味と何かしら関係のあるものも多いと思いますので、この基準が設けられても、ほとんどの場合、認められると思います。
今後、子どもが生まれて名前をつける時も、今使われているようなものであれば大丈夫だと思いますが、親以外は誰も読めないようなものにしてしまうと、認められないこともあるかもしれないので、注意が必要です。
ただ、歴史を振り返れば、日本では、誰かが使い始めた独特の読みがなが広く使われるようになって定着した例も少なくありません。
基準をあまり厳しくし過ぎると、こうした文化が継承されないという考え方もあります。

Q:もし、この機会に、新しい読みがなにしたいと思った場合も認められるのでしょうか?

A:いくつか問題があります。

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すでにパスポートを持っている場合は、違う読みがなを認めていいのか、という点が議論になると思います。
クレジットカードについても、そのまま使えるのかという問題が出てきます。
デメリットの方が大きいかもしれません。
いったん戸籍に今の読みがなを登録してから変えたいという場合は、何らかの手続きが必要になる見通しです。

Q:読みがなを認めるかどうかは誰が判断するのでしょうか?

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A:私たちの住んでいる自治体や本籍のある自治体が判断することになる見通しです。
ただ、判断にばらつきが出ると問題がありますので、法務省は、自治体から国に照会、つまり問い合わせてもらう仕組みを活用することも考えています。
実は、過去にも何回か、戸籍に読みがなをつけることが検討されましたが、基準を設けるのが難しいとか、混乱が起きるといった理由で見送られてきた経緯があります。
法務省は、パブリックコメントで意見を募集した上で、来年の秋ごろには審議会で結論を得たい考えです。
混乱が起きないような基準や仕組みを考えてもらいたいですね。

(山形 晶 解説委員) 


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