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アフガニスタンの文化・教育を救うために

二村 伸  解説委員

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アフガニスタンでイスラム主義のタリバンが権力を掌握してから3か月。音楽家やスポーツ選手などが次々と国外に脱出し、女性の権利が制限されていると国際社会は懸念を強めています。アフガニスタンは一昨年亡くなった中村哲医師をはじめ多くの日本人が国づくりに参加し日本と強いつながりのある国です。危機に陥っている文化や教育を救うために日本の私たちは何ができるでしょうか。

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アフガニスタンはシルクロードの要衝に位置し、「文明の十字路」と呼ばれました。民族楽器が奏でる音色は様々な文化の融合を感じさせます。

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演奏するのはアフガニスタン国立音楽学校に属するZohra(ゾーラ)という名前の女性オーケストラです。5年前設立され、翌年ダボスで開かれた世界経済フォーラムで伝統音楽を披露し評判となりました。メンバーは13歳から20歳までの30人あまり、アフガニスタンの自由と女性の活躍を象徴する存在として海外でも公演を続けてきました。そのオーケストラのメンバーたちが全員国外に逃れました。

Q.なぜ逃れなければならなかったのですか?

タリバンは音楽や娯楽は有害だとして禁止し、1996年から2001年まで政権を握っていた間、街中から音楽が消えました。その悪夢が再び現実のものになると身の危険を感じたためです。学校はタリバンに接収され楽器は破壊されてしまいました。

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オーケストラのメンバーをはじめ国立音楽学校の教師と生徒たちはタリバンが権力を掌握した直後から国外への脱出を試みましたがなかなかうまくいかず、各国政府や世界的なチェリストのヨーヨー・マ、ピアニスト・指揮者のバレンボイムといった世界の音楽家たちの支援でようやく先月から今月にかけて出国に成功しました。先月18日には、避難先のカタールで久しぶりにステージに立ちました。

Q.音楽を続けられるのですね?

今月16日にはアフガニスタンに残っていた最後のメンバーが合流し、学校の272人全員が再会を果たしました。今後は受け入れを表明しているポルトガルに活動の拠点を移し、アフガニスタンの文化を守り続けたいと意欲的です。

Q.音楽以外にはどんなものが禁止されているのですか?

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首都カブールでは海外の作品を上映していた映画館が8月以降幕を下ろしたままです。8月末には有名なコメディアンがタリバンに捕まり処刑されました。タリバンを風刺する歌や踊りをSNSに投稿していたのです。さらに民謡の歌手も殺害されました。

Q.娯楽のない生活は考えられませんね。

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20年前のカブール中心部です。2001年、アメリカは同時多発テロ事件の首謀者オサマ・ビン・ラディンらのメンバー引き渡しを拒んだタリバンを攻撃し政権を崩壊させました。その瞬間をカブールで取材していましたが、大勢の市民が街頭に出てラジオから流れる音楽に耳を傾ける姿が今も印象に残っています。タリバン政権下で禁止されていた凧揚げも復活し、町のあちこちで凧揚げを楽しむ人の姿が見られました。閉鎖されていたテレビ局やラジオ局も再開し女性キャスターが復活しました。
しかしこうしたのどかな光景はもはや見られません。女性の映画監督や芸術家、女性アスリートも次々と祖国を離れました。

Q.東京パラリンピックにも国外に逃れたアフガニスタンの選手が出場しましたね。

テコンドーの女子選手です。一度は出場を断念しましたが、国際社会の支援で出国に成功し、アフガニスタン女性初のパラリンピック出場を果たしました。先月には女子のサッカー選手20人を含むサッカー関係者と家族あわせて100人がカタールに逃れました。

Q.優秀な人材が次々と国外に逃れるのはアフガニスタンにとって大きな損失ですね。また、国に残っても女性は教育や就労が制限されれば希望は持てませんよね。

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タリバンは女性の教育方針についてまだ明確な指針を示していませんが、女子高校は一部の州を除き休校したままです。私立の大学はカーテンで男女を仕切って授業を始めたところもありますが、公立の大学は今も女子学生が授業を受けられない状態だということです。タリバンは前回政権を握ったとき女性の教育と就労を認めませんでした。

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このためタリバンに見つからないように自宅の一室でひそかに近所の子どもたちに勉強を教える女性もいました。教えているのは高校の元校長です。見つかれば命の保証はありませんが、国の将来のためには女子も含めて教育が必要なのですと取材に答えてくれました。

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2001年タリバンが去ったあと国際社会はアフガニスタンの教育支援に力を入れ、学校の整備や教材の提供、それに女性教員の養成などを続けてきました。その結果、学校の数は3倍に増え、学校に通う児童生徒、学生の数は2001年には100万人だけだったのが、2018年には1000万人に増え、女子はほぼゼロの状態から400万人が学校で学べるようになりました。女性の識字率も上昇しました。
しかし今、再び後戻りするのではないかと懸念されています。ただ、タリバンだけに原因があるわけではないようです。

Q.どういうことですか?

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教育予算が枯渇し、授業ができない学校が多いのです。タリバン復活後アフガニスタンが海外に保有していた国家資産が凍結され、IMF・国際通貨基金や世界銀行からの資金援助も止まったため、教員に給与を払えず戦闘で破壊された学校の修復も困難です。
アフガニスタンで女性教員の育成に携わってきたNPO・JENの木山啓子さんは、タリバンは女性教員の必要性を理解し支援活動に協力的で、むしろ資金不足が最大の問題だと話しています。タリバンの息の根を止める前に国民の息が止まってしまう、タリバンを排除するより人々の生活や教育が犠牲にならないようにともに取り組むことが重要ではないかというわけです。

Q.日本の私たちはどのような貢献ができるのでしょうか。

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アフガニスタンは日本にとって遠い国ではありません。中村哲医師は人々の生活を良くするには水が必要だとして自ら重機を操縦して用水路を建設し、砂漠を緑に変え65万人の命を救いました。緒方貞子さんはアフガニスタン復興支援会議の共同議長をつとめるなど復興に尽力しました。それ以外にも数多くの日本人が復興支援に関わってきました。20年間の支援が水泡に帰さないように、教育や人材育成をはじめ現地の人々に寄り添った日本らしい支援が引き続き求められます。
教育に関するNGOの調整にあたっている教育協力NGOネットワーク(JNNE)の小荒井理恵さんは、NGOなどを通じた支援の重要性を訴えています。その1つがクラウドファンディングです。女子の教育や学校建設、国外退避支援など具体的なプロジェクトの目標総額を定めて寄付を募る方法で、自分にあった貢献ができます。小荒井さんはまた、女性の7割は字が読めず、親の世代の教育支援も必要だといいます。
これまで日本は国際機関を通じた支援に力を入れてきましたが、私たち一人一人が現地で何が起きているのかを知りできる範囲の支援をしていくことも大切だと思います。小さな支援でも大勢集まればたくさんの人たちを救うことができます。

(二村 伸 解説委員)

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