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広がるか "みんなの冷蔵庫"

米原 達生  解説委員

今回は冷蔵庫の話題です。といっても家庭にある冷蔵庫ではありません。
みんなの冷蔵庫です。どんなものなのでしょうか。担当は米原解説委員です。

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Q。
みんなの冷蔵庫ってどういうもの?
A。
言葉としての定義がまだあるわけではないのですが、今回お伝えするのは地域の人や企業から余った食材を寄付してもらって、必要とする人たちに提供する、フードバンクのような役割を果たす冷蔵庫です。NPOやボランティア団体が運営する形で、いま、相次いで開設されているんです。ひとつ、大阪・東淀川区のマンションに設置された事例をご紹介したいと思います。

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このマンションにはもともとスーパーが入っていたんですが、ことし1月に撤退しまして、お年寄りたちから買い物に困るという声が上がりました。

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そこでマンションの一角で学習塾や整骨院を経営している民間の団体が、食材を寄付してもらいながら、食堂を兼ねたお総菜の店を開くことになりました。
惣菜は1グラム1円、弁当箱にいっぱい詰めても500円と格安です。

それを可能にしているのが、この冷蔵庫です。

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食材を提供してもらうために、マンションの公共スペースの一角に設置されました。名付けて「親切な冷蔵庫」です。
この冷蔵庫で食材の寄付を受ける、とともに、残った惣菜を弁当箱に詰めて、生活に困った人たちに「持って行っていいですよ」と提供しているんです。

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Q。
どれくらいの人数が利用しているんですか?
A。
運営している団体の本川さんによると、総菜を買う人が毎日40人ほど、残った分は毎日10数人分を冷蔵庫に入れているんですが、いつも全部なくなっているそうです。
弁当箱が手紙付きで返却されることもあって、「シングルマザーで2人の子どもが食べてとても喜んだ」とか、「介護と仕事で疲れているところで利用した」といった、家庭に事情のある人からの声が多く寄せられています。
よく見ると、お礼におやつを差し入れた人もいます。苦しいときもお互い様、なんですね。
そしてもう一つ多いのは「収入が減っている中で助かる」といった経済的に困った人からの声です。
私が行ったときにお会いした女性も「コロナで仕事がなくなってしまって時々お世話になっている」と話していました。

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Q。
食材は誰が提供しているのですか?
A。
基本的にマンションの住人からが多くて、例えば多めに買ったけど使い切れない野菜とか、お中元やお歳暮でもらった缶詰や麺類、レトルト食品などが寄せられているそうです。
一方で、近くにある食品工場や食堂からは、仕入れた肉の中で使わなかった「すじ肉」の部分であるとか、休業で売れ残りになってしまった商品が寄せられているそうです。
SDGsでも目標に掲げられている食品ロスの削減と、生活に困った人の支援という2つの目的が、
地域での「みんなの冷蔵庫」の設置につながっているのだと思います。

Q。
一石二鳥というわけですね。でも、食べ物なので安全性はどうだろうと感じるのですけど。
A。
こうした冷蔵庫は誰でも使えるので、そこは寄付してくれた人の善意に任されている部分が大きいんです。ただ、この「親切な冷蔵庫」については防犯カメラのある場所に設置されています。

もう一つ例に出したいのは、安全性の懸念にも答えてシステムをとても体系的に整えている岡山市の冷蔵庫です。

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生活困窮者の支援に取り組んでいる団体がコロナ禍で困窮者が増えていることを受けて去年11月に設置しました。屋内の倉庫にあります。

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食品を提供する人も受け取る人も、原則として、あらかじめ携帯電話でID登録をして利用します。
バーコードで食材を管理し、食材を誰が提供して誰が持って行ったか、消費期限はいつか、などを管理するシステムになっています。
利用する世帯の数はスタートしたときは100世帯くらいだったのが、コロナの影響で今ではおよそ400世帯まで増えているということです。
これに対して寄付するのは企業よりも個人が多くて、およそ750人。
地域で兼業農家をしている人が野菜を持ち込んでくれることもあるそうで、とてもニーズが高いそうです。

Q。
システム的にも整って、参加する人も多くなっているんですね。
A。
この団体は、ヨーロッパで広がっている冷蔵庫の事例を元にこうした取り組みを始めたのですが、安全管理のシステム自体はほとんどオリジナルで作ったそうで、「公共冷蔵庫」と名付けて運営のノウハウを公開しています。

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代表の石原さんによると、全国の10件あまりの団体から設置の相談が寄せられて、大阪・福島・山口など少なくとも6カ所で設置が決まっているということです。じつは私の地元、大阪・寝屋川市でも10月末に、NPOが、このノウハウを取り入れて公共冷蔵庫の運営を始めました。

Q。
でも、地域には食事の支援をしているボランティア団体もありますし、子ども食堂なども活動をしていると思うのですが、“みんなの冷蔵庫”の設置が相次いでいるのは何か違いがあるのですか?
A。
大きな違いだと思うのは、顔を合わせない「匿名性」です。

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一般的に食事の支援というと顔を合わせる形で「提供する側」と「される側」の関係がはっきりします。そこに、冷蔵庫が間に入ることで、食材を「提供する人」と「される人」が直接顔を合わせなくても良くなるのです。
新型コロナでは、これまで普通に仕事をしていた人が、初めて生活に困ったというケースがたくさんあります。利用者の声の中には「支援してくれる人にお礼を言うのも辛い」という意見もあったそうで、いわば「顔の見えない優しさ」が“みんなの冷蔵庫”にはあるのだと思います。

もう一つの背景として、そもそもコロナの感染対策で、支援活動自体が十分にできていなかったという側面があります。食事の支援というのは、一緒に食事をしながら、その人が抱えている困りごとを聞き出す貴重な場にもなっているんですが、それができないわけです。
私が取材した所では冷蔵庫の隣に困ったときの相談窓口のパンフレットを置いていて、「この冷蔵庫を、つながりを作っていく手段の一つにしたい」と話していました。

Q。
みんなの冷蔵庫、広がっていくのでしょうか?
A。
普及に向けては、いくつか課題があると思います。

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皆さん口をそろえるのは、食材が足りないことです。
運営自体にかかる経費は、冷蔵庫の設置と管理なのでそれほど大きくないものの、需要が増えているのに食材の供給が追いつかないということです。
寄付してくれる人をどう増やすか、まずは取り組みを知ってもらい協力してくれる人を増やすことが大事だと思います。

もう一つは、冷蔵庫を誰のためのものと位置づけるのか、です。
始める時は、困った時はお互い様、という緩やかな位置づけのつもりだったのが、いざ始めてみると、無料でお得だからということでたくさんの人が受け取りに来たり、あるいは、行政が深刻な生活困窮の人を紹介してきて食材が大量に必要になったり、ということになると、運営側の負担も重くなりますし、実際そういう悩みも聞きます。

“みんなの冷蔵庫”の展望について、こうした支援活動に長年関わっている湯浅誠さんに聞きました。

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「民間主導の取り組みなので活動内容に正解なんてはなくて、まだ始まったばかりなので、まずはいろんな形の“みんなの冷蔵庫”が出てくることが大切」と、取り組みを歓迎していました。
その上で普及のためのポイントとしては、「生活困窮者支援に加えて防災目的など、いざというときの助け合いの場として育てていけば、食材の提供などで幅広い協力を得やすいのではないか」と話していました。

Q。
まだ始まったばかりの取り組みだからこそ、その芽をどう育てるかはこれから、いうことですね。
A。
今はまだ、広がりを確信することはできません。しかし、コロナで地域の人が顔を合わせてつながることは当たり前ではなくなる中で、冷蔵庫を通してでも助け合おうとする人たちの努力を、コロナ禍からの暮らし再生の光として期待したいと思います。

(大阪放送局 米原 達生 解説委員)


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