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無形文化財で初 『登録制度』」って何?

名越 章浩  解説委員

伝統的な酒造りや書道。
こうした日本の伝統文化を守るため、法律が改正され、新しく無形文化財の「登録」という制度ができました。
「無形文化財で初 『登録制度』って何?」をテーマに、名越章浩解説委員がイチから解説します。

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【日本の文化財保護】
そもそも有形文化財とか、無形文化財と聞いても、そこから分かりにくいと感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

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有形の文化財は、建造物や美術工芸品など、まさしく形あるものです。
世界遺産としても知られる姫路城や、奈良の東大寺大仏などはこの有形の文化財です。
一方の無形文化財は、芸能や工芸などの優れた「わざ」が対象の形のない文化財です(※これとは別に「無形民俗文化財」もあります)
例えば、歌舞伎や能が無形文化財の代表例として知られています。

【「指定」と「登録」とは?】
これらの文化財の保護のために「指定」と「登録」という制度があります。
皆さんも国指定の重要文化財とか、県指定の重要文化財とか聞いたことがあると思います。

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「指定」というのは、歴史上、芸術上、学術上価値の高いものとして「指定」された文化財のことです。
国指定の重要文化財の中でも極めて重要なものは、「国宝」に指定されます。
先ほどの、姫路城や奈良の大仏も国宝指定です。
無形の場合も同じで、極めて優れた「わざ」をもつ個人が文化財指定されたら「人間国宝」といわれたりしますね。
一方で、「国の登録有形文化財」という言葉も聞くと思います。
有形の文化財にはこの「指定」と「登録」があるのです。
しかし無形には「指定」しかありませんでした。
それが、今年度、文化財保護法が改正されて、無形にも「登録」の制度ができて、伝統的な酒造りと、書道が、登録されることになったのです。
では、「指定」と「登録」の違いは何なのでしょうか。

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簡略化して言うと、手厚い支援と強い規制で文化財を守るのが「指定」。
これに対して、金銭的な支援は手厚くないけど、規制は緩やかなのが「登録」です。
要は、指定よりは少し価値のランクは下がり、あまり予算はかけられないけど、規制を緩やかにしていろんな文化財をより広い網にかけて守っていこうというのが登録の制度なのです。

【指定と登録はここが違う】
まだイメージがわかないかもしれませんので、形のある有形の登録文化財を例に説明しましょう。

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埼玉県行田市にある和菓子店(本店)の土蔵造りの建物は、1883年(明治16年)に建てられたもので、2007年に国の登録有形文化財になりました。
古風な外観はまさに「文化財」という雰囲気が漂っていますが、中は店舗として普通に使われています。
白い内壁も、もともとここには棚が一面にあって、壁が見えない作りになっていましたが、改装して、今は壁と柱が見えています。

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国指定の文化財だったら、規制が厳しくてこういうことはできません。
登録文化財だからこそ、中は所有者が自由に改装できるのです。
ただ、文化財ですから、外観の文化的価値は守っていかなければなりません。
外壁がひび割れるなど、修復の必要性が生じた場合、指定の文化財であれば、最大で工事費の85%が国から補助されますが、登録文化財の場合、費用のほとんどは自分で支払わなければなりません。
自由度が高い代わりに、金銭的な支援が少ない。そこが、指定文化財との大きな違いなのです。

【なぜ無形文化財に登録の制度?】
では、なぜこの登録制度が、今、無形文化財にできたのでしょうか。

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もともと無形文化財には、「指定」しかなく、その対象も「芸能」と「工芸技術」の2つの分野でした。
しかし、日本の多様な伝統文化を考えると、例えば食文化や、書道、茶道、華道といった、より私たちの生活に身近な文化についても目を向けていく必要があり、国や専門家の間でこうした文化をいかに守るか検討が続けられてきました。
また、これらの無形文化財は、過疎化や少子高齢化などに伴う「担い手不足」が、そもそも課題となっていて、それに加えて、新型コロナウイルスの影響で活動機会が減るなどして継承が困難になっている状況がありました。
このため、よりゆるやかな基準の「登録」を設けて、広い網で守っていこうということになったわけです。

【「伝統的酒造り」と「書道」が登録へ】
「伝統的酒造り」と「書道」が登録されることになったのも、こうした経緯があったからです。
どちらも伝統的な「わざ」の保存と継承が求められます。
書道は、筆や墨を使い、漢字や仮名などを書く伝統的な技法が登録の対象となっています。
一方、伝統的酒造りは、造り手の経験の蓄積によって築き上げられた手作業のわざで、明治以降に機械化や大規模化が進んだあとも現在まで受け継がれている点などが歴史上の意義があるとされています。
こうした技術を継承していく団体を法律で認定することになっています。

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書道の場合は、およそ40の書道団体を代表する書家でつくられる「日本書道文化協会」が認定され、伝統的酒造りは全国の杜氏らが参加する「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」が、技術継承に取り組む保持団体として認定されることになっています。

ただ、国からの金銭的な補助は、指定と違って、登録の場合、多くは期待できません。
後継者の養成や普及・啓発活動に補助が出るということになっていますが、道具や材料の調達にはお金が出ません。
一方で、規制は緩やかです。保存や公開に関する取り組みが、たとえ不十分であったとしても、指定文化財の場合は、国が是正を勧告できますが、登録は指導・助言にとどまります。
つまり、ゆるやかな規制で広く文化財を守りながら技術の保存と継承につなげようというわけです。

私は、食文化や生活文化といった、これまで保護の対象にはならなかった分野が、今回、文化財として「国のお墨付き」が得られる効果は大きいと思います。
担い手や関係者が、自分たちがまもっているものは「国の文化財なんだ」と、活動に誇りを持つきっかけになると思うのです。少しでも担い手不足の解消につながってくれることを期待したいと思います。
文化財保護の仕組みは複雑で分かりにくく、せっかく新たな分野に光をあてても、国民の理解が進まなければ意味がありません。国は、文化財を社会全体で守るという意識を広く共有するためにも、自治体と連携しながら、制度の啓発により一層力を入れてほしいと思います。

(名越 章浩 解説委員)


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