NHK 解説委員室

これまでの解説記事

どうなる?"生物多様性"

土屋 敏之  解説委員

m211019_01.jpg

◆先週、生物の多様性を守るための国連の会議が開かれ、今後の目標について話し合われた

m211019_02.jpg

「生物多様性」とは平たく言えば、「個性に富んだ多くの種類の生き物がつながりあって生きていること」といった意味です。豊かな生物多様性があることで森や海の自然も保たれていますし、それが農林水産業を支えたり、きれいな水や空気や薬の原料なども生み出し、さらには二酸化炭素を吸収して地球温暖化を緩和したり、山の保水力を保って災害を防ぐなど、私たちの暮らしを支えています。
しかし、今や世界で100万種もの動植物が絶滅の危機にあるとされ、近年ニホンウナギやマツタケなどが次々絶滅危惧種に指定されているのもそのあらわれと言えます。

m211019_03.jpg

こうした中で先週、世界の200近い国が加盟する「生物多様性条約」の会議・COP15が中国の昆明で開かれました。COPというと、温暖化のCOP26などが知られて いますが、こちらはまた別の条約の締約国会議です。
生物多様性条約では十年ごとに自然保護に関する国際目標を決めていて、今回は2030年までに生物多様性が回復に向かうよう変えていこうと、「ポスト2020枠組み」と呼ばれる新しい目標を作る議論が行われました。

◆十年ごとの目標、これまでは?

m211019_05.jpg

これまでは2010年に名古屋で開かれた会議で決まった「愛知目標」というものがありました。「森林が失われる速度を半減させる」「外来種対策を進める」など20の目標を掲げていましたが、完全に達成出来たものが1つもありませんでした。
例えば森林保護については地域によっては破壊が加速していますし、海の環境も海洋プラスチック汚染や温暖化などでむしろ悪化していると見られます。
目標が達成出来なくてもペナルティーなどはありませんが、今度こそ実効性の高い目標を決めようということで、今回は「世界の陸と海の30%を保護区などにして守っていく」など21の新たな目標の案が示されています。

◆新たな国際目標に向けて

m211019_06.jpg

新たな国際目標は、今回の議論を踏まえて来年4月からの次の会合で決めることになりましたが、先週その方向性を示す「昆明宣言」というものが採択されました。
主な内容は、各国が生物多様性を守る国家戦略、つまり計画を強化したり、途上国が自然を守る資金の支援を増やすこと。そして、ちょっと難しいですが、ワンヘルスの取り組みを推進し、デジタル配列情報の利益配分も考慮する、なども盛り込まれています。

◆「ワンヘルス」とは?

m211019_07.jpg

「ワンヘルス」とは、「人と動物の健康、さらに自然環境の健全さは、互いに関わる1つの健康問題だ」という最近広がっている考え方です。
具体的にはまず人と動物の関わりですが、エボラ出血熱やSARS、さらに新型コロナなど近年次々現れる感染症の大半は人と動物に共通の感染症で、元々野生動物の持つウイルスだった可能性もあります。
自然破壊などによって動物がすみかを追われ人間と接する機会が増えると、未知のウイルスが広がりやすくもなります。
また自然と家畜の動物の間も、昨シーズン各地の養鶏場に広がった鳥インフルエンザは 渡り鳥が運んできたように、深くつながっています。
こうしたことから私たちの命を守るためにも生物多様性が大切だと言うわけです。

◆「デジタル配列情報の利益配分」とは?

m211019_09.jpg

こちらは、生物多様性を守っていく上での“お金”に関わる問題です。自然豊かな途上国で得られた植物や微生物を元に、先進国で薬などが開発されて利益を生むケースは多く、例えばがんの薬の7割は自然由来とも言われます。
この利益の一部を途上国にも配分することで、自然保護の費用に当てたり守ろうとする意識も高まる、つまり利益配分が生物多様性を守ることにつながるとして、条約にも規定されています。
ただ最近は、動植物を実際に持ち出さなくても「デジタル配列情報」と呼ばれる遺伝子のデータさえあれば薬などの開発が可能になってきているとされます。そこで、途上国はこうしたデジタル情報が生む利益も配分すべきだと主張し、先進国は基本的に反対で、昆明宣言では「考慮」するとあいまいな表現をしています。
これが来年、新たな国際目標でどう決められるか注目されます。

◆生物多様性を守る取り組み、日本では進んでいる?

m211019_010.jpg

日本は生物多様性を守る国家戦略は既に作っていて、現在見直しも進めています。またトキの野性復帰など絶滅危惧種の保護増殖は国際的にも評価されています。一方で食卓でおなじみの魚があまりとれなくなっているように水産資源の管理や、外来種対策などは依然課題もあります。
こうした中、この外来種対策で新たな動きが注目されているのが、アメリカザリガニと アカミミガメ(※子どもはミドリガメという名で知られる)の扱いです。

m211019_013.jpg

どちらも身近な生き物ですが、実は北米から持ち込まれた外来種で、日本では多くの在来の水生動物や水草を食べてしまうなど生物多様性に大きな悪影響を及ぼしているとされます。
普通こうした外来種は、ブラックバスやヒアリのように法律で「特定外来生物」に指定して飼育や販売などを禁止したりしますが、この2つは未指定です。なぜかと言うと、アメリカザリガニやアカミミガメは、既に全国に広がって飼育されている数も多いので、これを特定外来生物にすると、かえって一斉に捨てられたりして生態系が悪化するおそれがあるためです。
ただ、国の検討会ではこれ以上放置しておくべきでないということになり、今月、新たな規制の仕組みを作る必要があるとの案が公表されました。
例えば、個人的に飼育し続けるのはかまわないけれど販売や野外に放つのは禁止、など の形にすることが考えられ、来年の国会で法案が議論されるかもしれません。   

◆私たちが心がけることは?
まずは、ペットを飼うときは捨てたり逃がしたりせず最後まで責任を持って飼うこと。そして食卓におなじみの魚の値段が上がったら、それも生物多様性のつながりの中で起きているかもしれませんし、自分事として考えてみること。
ちょうど秋の行楽シーズンで自然にふれる機会があるもしれませんが、身近な自然の価値をあらためて考える機会になればと思います。

(土屋 敏之 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

土屋 敏之  解説委員

こちらもオススメ!