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どう強化? 被害のおカネを取り戻す 消費者団体訴訟制度

今井 純子  解説委員

消費者が受けた被害について、消費者に代わって、消費者団体が、事業者を訴え、被害のおカネを取り戻そうという制度が始まって、5年。制度の強化を求める国の有識者会議の報告書がまとまりました。今井解説委員。

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【被害のおカネを取り戻す消費者団体訴訟制度。改めて、どのような制度でしょうか?】
消費者被害(例えば、悪質商法の被害や、ウソの表示を信じて買った、といった被害)にあった場合、被害額が、数万円程度だと、泣き寝入りする人が圧倒的に多いのです。事業者にとっては、「やり得」になります。そこで、
▼同じ事業者、同じ手口で、多くの被害者が出ている被害について、
▼国から特別な認定を受けた消費者団体が、被害者に代わって裁判を起こし,
▼勝訴が確定した後、つまり「事業者におカネを返す義務がある」という判決が確定した後、被害者が簡単な手続きでおカネを取り戻すことができる。
という制度です。始まって5年。3つの消費者団体が認定を受け、成果もでています。

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【どのような成果がでているのでしょうか?】
これまでに4つ裁判が起こされ、うち3つで消費者側の勝訴の判決が確定しました。
▼ このうち、女性や浪人生を差別的に扱っていた不正入試問題をめぐって、東京医科大学に対して起こされた裁判では、去年、勝訴が確定。559人の受験生に対して、受験した回数などによって一人、およそ4万円から22万円が、消費者団体を通じて、先月、返金されました。
▼ そして「給料の前借りできます」などと宣伝をして、髙い金利をとっていた金融事業者に対する裁判でも、今年、「違法な高金利だ」だとして、勝訴が確定。23人が名乗りを上げ、返金の手続きが始まっています。
▼ さらに、今月、順天堂大学の不正入試問題についても、勝訴が確定し、これから、返金の手続きに入ります。

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【泣き寝入りしていた人にも、おカネが戻ってきているのですね。ありがたいですね】
これだけではありません。裁判になる前の段階。例えば、運動や食事制限もしないで、飲むだけでやせられるかのように宣伝していた健康食品について、消費者団体が、消費者契約法という法律に違反していると、事業者に申し入れをした。その段階で、事業者が、自主的に消費者におカネを返したという事例も相次いでいます。こうした動きもこの制度の成果と言っていいと思います。

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【いくつも成果がでていますね】
ただ、それでも、当初の期待と比べると、思ったほど裁判を起こせていない。そして、返金を受けられた人数が少ない。返金される額も、実際の被害額と比べ極端に少ないケースがある。という課題も見えてきています。このため、消費者庁が、有識者の検討会を開き、消費者団体の活動をもっと後押ししようと、制度の強化に向けた報告書を先週、まとめました。

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【報告書の内容。主に4店ですか?】
はい。まずは、1点目。請求の対象を広げようという点です。
この制度。簡単な手続きでおカネを返してもらう、という趣旨から、今は
▼ 戻ってくるおカネは、事業者に払った代金が上限と定められています。精神的な苦痛への慰謝料や、健康被害などは、個人によって被害の額が違うとして対象にはなっていません。報告書では、このうち、慰謝料について、
▼ 例えば、不正入試のように、1回の受験当たりいくらといった画一的に算定することが考えられる場合は、一部を除き原則、請求の対象に加える考えを盛り込みました。

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次に、2つ目。訴訟の対象となる相手の拡大です。

【訴訟の対象となる相手ですか?】
今は、訴訟を起こせる相手は「事業者」となっています。ですが、先ほど紹介した2つ目の金融事業者のケースでは、消費者団体が裁判を起こす前に事業者の資産を「仮差し押さえ」したところ、全体で193万円しか差し押さえできませんでした。これだと返済額は、1人あたり、被害額の10%程度にとどまる見通しです。

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【事業者の口座におカネがなかったのですか?】
そうなのです。一般的には、悪質な事業者ほど、実質、事業を仕切っている個人などに財産を移して、隠しているケースが珍しくないと言われています。今は訴訟の対象でないので、仮差し押さえできないのです。
▼ そこで、報告書では、悪質事業者の場合、こうした個人なども、訴訟の対象に加える考えが盛り込まれました。

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【隠しているおカネも、差し押さえて、被害者への返金にあててほしいですね】
そう思います。そして、3点目。
被害者への情報発信について、事業者の負担を拡大するという点です。というのも、この制度、消費者団体の勝訴が確定した後、おカネを返してもらいたい人に名乗りをあげてもらう。逆にいうと、名乗り出ない人にはおカネが戻らない仕組みになっています。東京医科大学のケースでは、のべおよそ5200人とみられていた対象者のうち、おカネが戻った人は、559人にとどまりました。

【なぜ、手をあげない人が多かったのですか?】
簡単な手続きでおカネが返ってくるという情報が、多くの対象者に伝わらなかったからとみられています。今、対象者への通知は、消費者団体の役割になっています。そのために、事業者から対象者の名簿を受け取れることになっているのですが、東京医科大学は、すでに大半の受験生の名簿を破棄していました。このため、消費者団体は、一人一人に連絡することができませんでした。新聞の広告など広く周知することも検討しましたが、資金的な余裕がないため断念しました。

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▼ そこで、報告書では、消費者団体が行う情報発信について、一定の額や役割を事業者が負担する仕組みを導入するという考えが盛り込まれました。少しでも多くの対象者に情報を伝え、返金につなげようという狙いです。

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【そして、最後は、消費者団体を支える新しい法人をつくる。どういうことですか?】
消費者団体の中からは、資金や人の余裕がない中、返金手続きなどの事務に追われて、次の裁判に向けた作業に取り組めない。そもそも、規模の大きな事案については事務負担の重さを考えると、最初から裁判を断念せざるをえない。それが、裁判の数が少ない要因の1つになっているという指摘があがっています。

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▼ このため、報告書では、消費者団体から委託を受けて、事務などを一元的に請け負う指定法人を設置するという考えが盛り込まれました。そうすると、すぐ、次の裁判に取り組むことができます。
さらに、この指定法人。周知・広報を一元的に行うことや、寄付の受け皿になることも盛り込まれています。消費者としても、ここのホームページを見れば、この制度でどのような裁判が全国で行われているかがわかる。消費者との窓口としての役割も期待できるようになります。
消費者庁は、報告書の内容を踏まえて、法律の改正案を国会に提出する方針です。

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【ぜひ、制度の強化につながってほしいですね】
そう思います。その上で、そもそも消費者団体に資金的な余裕がないことが、裁判を起こせる消費者団体が増えない。そして、裁判の数が増えない。という要因にもなっています。ただ、今回、その点は、根本的には解決されず、課題として残された形になりました。財政的な支援も含め、消費者団体を資金面でどう支えていくのか。

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この先も、検討を重ね、制度の強化をはかっていくことが大事だと思います。

(今井 純子 解説委員)

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