今年のノーベル平和賞が、10月8日、発表されます。毎年、内外でさまざまな予想が飛び交い、授賞をめぐって論争も起きる賞ですが、いったいどうやって決まるのか、平和賞にはどういう意義があるのかを解説します。
【ノーベル平和賞、今年の予想は?】
今年は、世界に大きな脅威を与えている問題に、今まさに取り組んでいる団体や個人に賞が与えられるのではないかという観測が広がっています。
▼ひとつは、新型コロナウイルスです。
ワクチンの公平な分配を目指して、去年、結成された国際的な枠組み「COVAXファシリティ」が有力な候補と見られています。先進国を中心に資金を集めて、ワクチンの開発と製造に充て、完成したワクチンを、途上国を含むできるだけ多くの国に提供するしくみです。これまでに、世界143の国と地域に、3億回分あまりのワクチンを届けてきました。現在、先進国と途上国との間で、ワクチンの分配をめぐる格差が問題になっていますが、もし、COVAXファシリティが受賞すれば、「パンデミックを収束させるには、世界の人々にワクチンを公平に届けなければならない」という強いメッセージになるでしょう。
▼もうひとつは、地球温暖化問題です。
1992年に国連で採択された「気候変動枠組条約」とパトリシア・エスピノサ事務局長に、平和賞が贈られるのではないかという観測があります。「気候変動枠組条約」には、現在、日本を含む190以上の国と地域が加盟し、この条約に基づいて、地球温暖化対策を話し合う国連の会議COPが開かれるようになりました。
【ノーベル平和賞は、どういう人々に与えられる?】
ノーベル平和賞は、平和の促進や軍縮などに貢献した個人や団体に贈られる賞で、人権の擁護や民主化への貢献なども授賞理由になります。最近の傾向として、その時の世界情勢やグローバルな問題に関連したタイムリーな授賞となるよう、意識されているようです。
▼2017年は、広島と長崎の被爆者とともに核兵器の廃絶を目指して活動し、国連の「核兵器禁止条約」の採択に貢献した国際NGOの「ICAN」=「核兵器廃絶国際キャンペーン」が選ばれました。
▼2018年は、性暴力の根絶に取り組んできたコンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ医師と、イラクの少数派、ヤジディ教徒の人権活動家、ナディア・ムラドさんの2人が受賞しました。
▼2019年は、エチオピアのアビー・アハメド首相で、長年対立が続いてきた隣国エリトリアとの和平を成し遂げた功績が評価されました。
▼そして、去年2020年は、世界各地で食糧支援を行っている国連機関、「WFP」=「世界食糧計画」が選ばれました。
【ノーベル平和賞の授賞、誰がどう決める?】
ノーベル賞のほかの5つの賞は、スウェーデンの団体が選考しますが、平和賞だけは、ノルウェーの議会が任命した5人の元議員でつくる「ノーベル賞委員会」が選びます。 ノーベル賞を創設したスウェーデン人の化学者アルフレッド・ノーベルの遺言に基づくもので、ノルウェーが中立的な選考ができる国と考えたためとみられます。
「ノーベル賞委員会」は、毎年、世界各国の有識者や議員などから推薦された大勢の候補者の中から絞り込み、選びます。受賞者の決定は、全会一致が原則ですが、期限までに決まらない場合は、多数決で決めます。1901年から去年までの間に、107人の個人と、延べ28の団体が受賞しています。
ノーベル賞のほかの賞は、確固とした業績に対し、ある程度の期間を経て、与えられますが、平和賞は、「現在進行形の事柄に関わる人物や団体」も対象となります。その活動が将来にわたって実を結び、目標が達成されることに期待して、強く励ます意味も込めて、賞が与えられることもあります。
たとえば、2009年、就任まもないアメリカのオバマ大統領の受賞は、典型的な例です。オバマ氏が演説で訴えた「核なき世界」の理念が実現することへの願いが込められた賞でしたが、現実はそう甘くはなかったようです。
また、過去に与えられた平和賞が、時を経て、再びクローズアップされたり、その意味が問い直されたりすることも、よく起きています。
【具体的な実例は?】
▼たとえば、7年前の2014年、パキスタンの当時17歳のマララ・ユスフザイさんが、史上最年少で受賞しました。イスラム過激派による攻撃にさらされながらも、すべての子どもと女性が教育を受ける権利を訴え続けたことが評価されました。
今年8月、パキスタンの隣国アフガニスタンで、イスラム主義勢力「タリバン」が武力で権力を握り、いま再び、女性が教育を受ける権利が脅かされています。マララさんは、先月、国連総会に合わせて開かれたイベントで、「国際社会は、アフガニスタンの女性の権利と教育を守るため、声をあげ続けるべきだ」と訴え、注目されました。
▼また、30年前の1991年、ミャンマーの民主化運動の指導者として受賞したアウン・サン・スー・チー氏は、その後、事実上の最高指導者にまで上りつめましたが、平和賞の取り消しを求める抗議運動も起きました。少数民族のロヒンギャの人々への迫害をやめさせようとしなかったという批判です。そんな中、今年2月、ミャンマーの軍がクーデターを起こし、スー・チー氏は軍に拘束され、裁判にかけられています。ミャンマーの民主化を求める人々や国際社会からは、軍による人権弾圧に立ち向かう象徴的な存在として、再び注目されています。
このように、時の政治情勢によって評価が変わったり、改めて意義が注目されたり、議論の対象となりやすいのが平和賞です。
【今年の有力候補、ほかには?】
「ノーベル賞委員会」は、今年、合わせて329の個人と団体が候補に挙がっていると発表しましたが、その具体名は公表しない方針です。
世界各国の研究機関やメディアが予想を立てています。このうち、毎年、受賞者を予想しているノルウェーの「オスロ平和研究所」は、今年の最有力候補として、
▼フランスのパリに本部を置き、世界のジャーナリストの権利を守る活動をしている国際的なNGOの「国境なき記者団」を挙げています。毎年、各国の報道の自由度に関する分析を発表しているほか、政府によって報道の自由が侵害されていないかを監視しています。
合わせて、アメリカのニューヨークに本部を置き、世界各国の言論弾圧などの実態を調査し、報道の自由の擁護に取り組んでいる「CPJ=ジャーナリスト保護委員会」も候補に挙がっています。
世界の紛争地や強権的な体制のもとで、「報道の自由」が危機的な状況に置かれていることへの危機感の広がりが、今、こうした団体の活動が注目を集める背景にあると指摘されています。
▼「ヨーロッパ最後の独裁者」とも呼ばれるベラルーシのルカシェンコ大統領に対する抗議運動を率いるスベトラーナ・チハノフスカヤ氏も、有力な候補です。チハノフスカヤさんは、去年8月の大統領選挙に立候補する予定だった夫が、警察に拘束されたため、代わりに立候補し、政治犯を解放し、公正な選挙を行うと訴え、民衆の心をつかみました。現在、亡命先で、ルカシェンコ政権に対する抗議運動を続けています。
ロシアのプーチン政権を批判する運動の先頭に立ち、去年、暗殺未遂の被害に遭い、現在は刑務所に収監されているアレクセイ・ナワリヌイ氏も候補に挙がっています。
▼中国の関係では、「香港の民主化運動を率いてきた市民や団体」が、今年も候補に挙がっていると見られています。また、中国の新疆ウイグル自治区の少数民族の人権擁護に取り組み、中国政府の民族政策を批判したことで収監された研究者、イリハム・トフティ氏も有力な候補と見られます。
ただし、中国政府は、こうした活動家や団体の名が取りざたされていることに、非常に神経をとがらせています。政治の影響を受けるとともに、政治に影響を与えるノーベル平和賞。常に議論を呼び起こす賞と言えます。
【ノーベル平和賞の発表は?】
日本時間の8日午後6時からです。発表の瞬間まで、誰が受賞するか情報が漏れ伝わることはありません。ここで紹介した団体や個人も、あくまで予想の域を出ません。もしかすると、誰もが驚く受賞者が出るかもしれません。私たちは、選考結果と授賞理由に込められたメッセージをじっくり考え、その問題の解決に向けた行動を起こす姿勢が、大切ではないでしょうか。
(出川 展恒 解説委員)
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