9月13日、将棋の藤井聡太さんが、史上最年少で三冠を達成しました。
「藤井聡太三冠 注目のワケ」をテーマに名越章浩解説委員が、将棋をあまり詳しく知らない方も楽しめるように、三冠達成の意味や、次の大記録の可能性など、イチから解説します。
【三冠とは?タイトル戦とは?】
そもそも将棋界には、「竜王」や「名人」など8つの大きなタイトル戦があります。
そのうち3つのタイトルを同時に保持することを三冠と言います。
藤井さんは、13日に「叡王」というタイトルを獲りました。去年、獲得した「棋聖」「王位」は、今年、防衛しましたので、それと合わせて三冠になったのです。
このタイトルへ挑戦する人は、毎年行われる予選で決まります。
現在、プロの棋士はおよそ170人いるのですが、その予選を最終的に勝ち上がった棋士が、タイトル戦に挑戦できる仕組みになっています。
つまり、それぞれのタイトルに挑戦できるのは、1年に一度ということです。
タイトルへの挑戦権を得られるのは、たった1人ですから、勝ち上がるだけでもすごく大変で、実際にタイトルを一度も獲得できないままプロ棋士の人生を終わるという人も少なくありません。
ましてや、複数のタイトルを同時に保持するのは、まさに実力者の証なのです。
【三冠達成はこんなに凄い】
過去、三冠達成した棋士は、藤井さん以外、9人しかいません。
タイトルの数が今のような8つも無い時代も含め、昭和32年に達成した升田幸三さんをはじめ、大山康晴さんなど、ご覧の方々。
このうち現役棋士は、谷川浩司さん、羽生善治さん、森内俊之さん、渡辺明さん、豊島将之さん。ここに藤井さんが加わりました。
いずれも時代を代表するトップ棋士が成し遂げた記録なのです。
しかも、これまでの最年少記録が、あの羽生善治九段が持つ22歳3か月だったので、7月に19歳になったばかりの藤井さんが三冠を達成したことで、史上初めて10代の三冠棋士が誕生しました。記録が28年ぶりに塗り替えられたため、注目されたというワケです。
【今後の将棋界の構図を変えるかも?】
まさに偉業達成です。
ただ、今回、藤井さんが勝利したことは、三冠達成の記録上の意義だけではない、今後の将棋界の構図を変えるかもしれない、大きな意味があったんです。
藤井さんの「進化」が証明された勝利だったという話から紐解いていきましょう。
今回、叡王のタイトルを奪ったときの相手は、豊島将之二冠(当時)でした。
実は、藤井さんにとって、豊島さんは苦手と言われてきた相手です。
公式戦で初めて対局したのが、4年前の平成29年8月だったのですが、それ以降、今年になるまで6連敗。一度も勝ったことがありませんでした。
それが、今年1月に初めて勝って以来、勝ち切れるようになって、藤井さんが持っているタイトル「王位」を豊島さんとの直接対決で守り抜き、ついには、その豊島さんから叡王のタイトルを奪いました。今年だけの対戦成績を見ると、ここまで藤井さんの8勝3敗です。
去年まで、一度も勝ったことない相手に大きく勝ち越してます。
私は、藤井さんの才能だけでなく、謙虚な姿勢とたゆまぬ努力が、この結果を生んでいると思っています。
藤井さんは、去年、二冠となったときに「探求」という文字を書いて披露しました。
とても研究熱心で、例え公式戦でいい成績が出ても、それに甘んじる事なく、常に自分の将棋を振り返り、成長するために必要なものを探す、「探求」する姿勢を貫いている棋士です。
例えば、新型コロナの影響で、去年、将棋の公式戦が無かった時期も、当時高校生だった藤井さんは、学校にも通えない中、ふだんの2倍の1日7時間を将棋の研究に充てたということです。
藤井さんはもともと終盤の強さが光る棋士として知られていますが、序盤と中盤の戦い方も地道に見直すことで、対局の全体を通してスキのない戦い方ができる棋士に進化したことが、今年のこれまでの成績で証明された格好です。
この「進化」は何を意味するのか。
過去の将棋のタイトルの変遷を振り返っていくとよく分かります。
最も大きな出来事として平成8年に羽生善治さんが当時の七大タイトルを独占する史上初の「七冠」を達成した記録があり、羽生さんがトップに君臨するいわゆる「一強時代」が20年ほど続きました。
その後、将棋界は、若手棋士の台頭が進み、3年前には一時的に、8つのタイトルを8人の棋士が分け合う「群雄割拠」の構図となりました。
さらに最近は、渡辺明さん、豊島将之さん、永瀬拓矢さん、藤井聡太さんの4人が互いのタイトルを奪い合う、いわば「四強時代」に突入したのです。
その四強の中で藤井さんは、去年とことしの「棋聖戦」で渡辺さんを破り、苦手だった豊島さんにも「王位戦」と「叡王戦」の連戦を制しましたし、永瀬さんにも公式戦で大きく勝ち越しています。
さらに、来月からは将棋界最高峰のタイトルといわれる「竜王戦」が控えています。
相手は再び豊島さん。ここでも藤井さんがタイトルを奪うと、現在の棋士で最多の「四冠」になります。
ついに“藤井一強時代”がくるかもしれません。
ただ実力者ぞろいで、そう簡単な相手がいない中で、今後、将棋界の構図がどう変わるのか、注目なのです。
【10月からは竜王戦】
四冠のかかる竜王戦は、七番勝負。つまり、先に4勝した方がタイトルを獲得します。
最終局までもつれ込んだとしても、12月18日には決着がつきます。
つまり、年内にも「藤井四冠」が誕生するかもしれません。
ただ、藤井さん本人はこう語っています。
「タイトルの数自体はあまり気にしていません。自分にとっては、どこまで強くなれるかがいちばん大事なことなので、年少記録よりも、常にそこを意識していきたい」
いたって冷静ですけど、どこまで強くなれるかが大事という言葉に重みを感じます。
さらに藤井さんは、この竜王戦に向けて、これまでの豊島さんとのタイトル戦の「経験や反省をしっかり生かして頑張りたい」とも語っていて、なおも成長しようという意欲が伺えます。
優れた「ひらめき」をもった天才肌でいて、それでいて努力を惜しまない。その積み重ねが三冠という偉業につながっているのだと改めて感じました。
(名越 章浩 解説委員)
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