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カーボンプライシングって何?

関口 博之  解説委員

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(岩渕)
関口さん、きょうのテーマは「カーボンプライシング」、まだ、あまりなじみがないという方も多いかもしれませんね。

(関口)
それで、こういうストレートなタイトルにしたのですが、脱炭素社会を目指す中でカギになる制度の一つとして、きょうは見ていこうと思います。

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カーボンプライシングとは、炭素に価格をつけることで、温暖化の原因になるCO2二酸化炭素の排出を減らそうという政策のことです。
CO2を出せば、負担が増える仕組みにして、そうならない行動を、企業や社会に促すわけです。
環境省は先週、来年度の税制改正要望にこのカーボンプライシングを盛り込みました。
制度の具体的な中身はまだで、白紙の要望に近いのですが、小泉環境大臣は、初めてノミネートした意義は大きいと強調しています。

(岩渕)
ということは税金の一種なんですか?

(関口)
代表的なものの一つは、税金の「炭素税」、もう一つには「排出量取引」という仕組みがあります。

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まず炭素税は、化石燃料や電力の利用に対し、CO2排出1トン当たりいくらという形で税金をかけるものです。
国に入った税収は再生可能エネルギーの拡大や、新しい脱炭素の技術開発への補助金にも使えます。
税率で炭素の価格=払う金額があらかじめ決まってくるので、企業が見通しを立てやすいのは利点ですが、排出削減量をどのくらい達成できるかは、やってみないと分かりません。

(岩渕)
もう一つが「排出量取引」ですか。

(関口)
こちらが、A社とB社の今のCO2の排出量だとします。

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この制度では、まず国がこの排出量より低く設定した排出量の上限を、あらかじめ、企業に割り振ります。
実際の排出がこれを下回った企業は、余った分を他社に売ることができます。
逆に、超えてしまった場合は、その分を買って補填しなければなりません。
価格は需要と供給の関係で市場で決まります。

(岩渕)
これだとお金でいわば権利を買って済まそうという会社が出てきませんか?

(関口)
そこは、「一定の自前の削減努力はしたうえで」などとルールも設けることになるでしょう。
その上での売買ならば、相対的に安いコストで排出削減できるところから削減が進む、それを後押しする仕掛けでもあるので、社会全体トータルでみると、安上がりにCO2を減らせます。
国が立てる排出削減目標とも整合性をとりやすいとされます。

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ただし企業にとっては、炭素の価格が変動するので、コストが予想外にかさむリスクがありますし、そもそも、国が排出の上限をどうやって公平に割り振るのかも難問で、制度も複雑になりがちというデメリットがあります。

(岩渕)
確かに、あそこは甘い、こっちは厳しすぎる、といった反応も出そうですしね。
このカーボンプライシング、世界ではどういう状況なのですか?

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(関口)
OECDによると、導入例は46の国と35の地域に及んでいるということです。
排出量取引で、最も大規模で代表的なものはEUの取引制度、2005年に始まりました。
ちなみに取引価格ですが、近年ではⅭ02・1トンあたり日本円にして6500円を超えるあたりです。
またアメリカもカリフォルニアなど一部の州に取引制度があります。
中国は今年から、発電業界に限った形で取引を始めました。

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一方、炭素税はスウェーデンなど北欧諸国では、1990年代の前半に始まっています。
その後、フランス・イギリスなども導入しています。
税率はCO2・1トンあたり15000円強というスウェーデンから2800円ほどのイギリスなど幅があります。

実は日本も2012年に石油石炭税に上乗せする形で「地球温暖化対策税」というのを始めていて、これもある意味、炭素税なのですが、Ⅽ02・1トンあたり289円です。

(岩渕)
こうみると、だいぶ違いますね。

(関口)
諸外国からみれば日本はまだ「お試し程度」と映るかもしれません。

(岩渕)
なるほど。では本格的なカーボンプライシングが導入されるとなると、私たちの暮らしにはどう影響するでしょうか?

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(関口)
そもそもカーボンプライシングは、経済的な手法で、企業や社会、人々の行動を変えることを狙ったものです。
CO2の排出が多いと負担額も多くなる、少なければ負担額も少なくてすむ、それがシグナルになって、自然に脱炭素を目指す方を選ぶようになるわけです。
ただ、炭素価格を負担する企業は、それを商品・サービスの価格に転嫁してくることになるでしょう。
なので、消費者の負担も今より増える可能性はあります。
そこで、いくつか考えておかなければならない課題があります。

(岩渕)
負担増のマイナス面をどうするか、ですね?

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(関口)
はい。例えば電気やガスといった日々、欠かせないものの価格が上がれば、低所得世帯には負担が重くなります。
そのため、こうした家計への負担軽減策を考える必要があります。
また、さっき出てきた石油石炭税や揮発油税など、すでに化石燃料にかけられている従来の税制との調整や見直しも欠かせません。

さらには企業に関しては、現状では他の代替手段がない産業をどうするのかという問題もあります。

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例えば製鉄です。鉄鉱石と石炭を高炉で反応させて鉄を作りますから、当然、CO2が出ます。

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石炭の代わりに水素を使う製鉄法も研究はされていますが、実用化はまだ先です。
こういった産業にも今すぐ、炭素価格の負担を他と同じように求めれば、国内での生産自体が成り立たなくなってしまうかもしれません。
この他にもエネルギーを大量に使わざるをえない産業もあります。
何らかの減免措置や経過措置が必要になりますし、実際、多くの海外の例でもそうした仕組みが取り入れられています。

(岩渕)
つまり一律ではなく、いろいろきめ細かい配慮も必要だと。

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(関口)
そうなんです。カーボンプライシングは原則論だけで、導入の是非を決められるものではなく、細部にまで及ぶ制度設計をどうするのかが大事、それ次第だということです。

さらに、重要なポイントがこちら。それは、その制度が、企業の新たな投資やイノベーションにつながるか、です。
負担ばかりが重すぎて、企業の投資余力や意欲を奪ってしまうようなことになっては、元も子もないということです。

(岩渕)
最初のお話で、環境省から税制改正要望が出ているというでことした。
具体化されそうなのでしょうか?

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(関口)
6月に出た政府の成長戦略では、カーボンプライシングについて「成長に資するものについては躊躇なく取り組む」としていて、政府として年内に一定の方向性の取りまとめを目指してきました。

経済産業省と環境省が、それぞれ独自の研究会を立ち上げて、有識者や経済界、環境団体などの声を聴いて議論してきています。
そもそもは去年、菅総理が、2050年脱炭素化を宣言したことが、こうした動きに弾みをつけてきたわけなのですが、そこで、今回の突然の菅総理の退陣表明です。
これが今後にどう影響するのかはまだわかりません。

ただ、脱炭素社会の実現には、間違いなく社会や人々の行動を変える「行動変容」が不可欠です。
私たちひとりひとりが行動を変えられるかどうか、なわけで、このカーボンプライシングの議論も、国の制度という遠い話としてではなく、自分自身に関わる問題として注目していきたいと思います。

(関口博之 解説委員)


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