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競争激化 202X年宇宙の旅

水野 倫之  解説委員

民間の宇宙船による宇宙旅行実現に向けた競争が激化。
11日、実業家のリチャード・ブランソン氏が、独自に開発した宇宙船での宇宙旅行に成功。来週にはアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏も宇宙旅行を計画し、いずれも商業化を目指すと。水野倫之解説委員の解説。

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今回の宇宙旅行はネットでライブ中継され私も見ていたが、
ブランソン氏が宇宙船の中で終始笑顔だったのが印象的。
ブランソン氏は傘下のアメリカのベンチャーが開発した宇宙船に乗り組んで試験飛行に出発。
最高高度86キロに達し、数分間の無重力状態を経て無事地球に帰還。
宇宙旅行は成功。
今回は離陸から着陸まで1時間あまりという、日帰りの弾丸宇宙旅行。

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宇宙飛行には様々なタイプがあり、飛行機が飛ぶのは高度10キロ。
そのはるか上空、80キロから100キロ以上が宇宙とされる。
現在星出飛行士が滞在中の国際宇宙ステーションがあるのは高度400キロ。
ここまで来て地球を回る軌道に乗ればしばらくは宇宙空間にいることが可能。

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これに対して今回は、上空に投げたボールがやがて落ちてくるように、
80~100キロの宇宙へ届いたらすぐに地上に戻る弾道飛行。
時間は短いが低コストで実現でき、
青い地球を眺めたり大気圏への再突入など、宇宙の醍醐味が味わえる。

今回はロケットではなく宇宙船は母船につるされた形で離陸。
高度14キロで分離され、ここからロケットエンジンを噴射してマッハ3まで加速。
エンジン停止後、数分間無重力状態となり、その後グライダーのように滑空して着陸。

これで民間の宇宙旅行実現に向けて一歩前進ではあるが、この弾道宇宙旅行の分野、競争が激しくどこが一番乗りになるかはわからない。

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ブランソン氏の最大のライバルが、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏。
独自開発した宇宙船で20日に初の宇宙旅行を行うと発表。
打ち上げにはロケットを使い、宇宙船は数分で高度100キロに到達。
その後宇宙船はパラシュートを開いて地上に着地する全行程10分程度という短さで、
これまで無人飛行には成功。

実はベゾス氏は6月に宇宙行きを発表し、当初は先んじるとみられていた。
ところが対抗心からか直後にブランソン氏が今回の宇宙旅行を発表、先制した形に。
ただベゾス氏側も負けてはいない。

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ツイッターで「高度80キロを宇宙だと思っている人はわずかしかいない」とツイート。

ここへきて宇宙旅行の競争激しくなってきた背景には
A:宇宙開発が民間主役になりつつあることと、
大きな市場がありそうだということがある。

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まずすでに民間が主役となっているのは宇宙ステーションへの飛行。
アメリカでは国家主導でスペースシャトルが開発されたがコスト意識が甘く、
事故も重なって退役を余儀なくされた。
そこでアメリカは宇宙産業を自国の主力産業にする方針を打ち出し、
低軌道の輸送については民間に任せることに。
単に任せるだけでなく資金を出して技術も解放し、民間の開発を支援。
そして去年イーロン・マスク氏率いるスペースXが有人宇宙船クルードラゴンを完成。
野口飛行士や星出飛行士が搭乗した。
クルードラゴンは今年後半以降、民間人の宇宙旅行や、
映画俳優トムクルーズさんをステーションに運んで映画撮影を行う計画も。
こうした民間の動きは弾道飛行分野にも広がり、
複数のベンチャーが独自の弾道飛行用宇宙船の開発に乗り出すように。
というのも、弾道飛行による商業宇宙旅行の市場は急成長し、
7年後には3000億円以上になり、その後拡大していくという予測もあるから。
ベンチャーが市場参入を目指して人材や技術を集め、今年一気に開花した。

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今後商業化にむけて課題となるのは安全性。
アメリカ連邦航空局によると、
アメリカでは宇宙開発の黎明期から昨年までに弾道飛行を含む有人宇宙飛行が
375回行われ1,144人が乗り組んだが、このうち5回重大事故が発生し、宇宙飛行士やテストパイロット20人が死傷。確率は低いとは言えない。
アメリカでは法律で、
宇宙旅行の参加者は事故にあっても事業者やメーカーを訴えることができないと
定められている。

いわば自己責任ということで、実際ブランソン氏のベンチャーもここまで来るのは簡単ではなかった。
2014年には機体が墜落しパイロットが死亡する事故も。
その後飛行試験を重ねて航空局から民間人が搭乗する宇宙飛行の許可を取得し、
今回ブランソン氏が搭乗。
今後少なくとも2回試験飛行して安全性を確認し、
来年の春に一般のお客を乗せる商業飛行を行う計画。
商業化が実現するかどうかは、今後それぞれのテスト飛行で、
どれだけ安全性を示すことができるかにかかっている。

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気になる値段は
ブランソン氏の会社の場合25万ドル、およそ2800万円。
それでも世界ですでに600人が予約済み。
この会社の代理店、日本にもあって、日本から20人が予約。
そしてコロナ禍の今も関心が高く問い合わせが多いということで、
先月オンライン説明会も開かれ、有料にもかかわらず80人が参加。今申し込んだらいつ宇宙に行けるのかといった質問や、
年齢や英語の能力など参加条件に関する質問などが寄せられていた。

そしてこの弾道宇宙旅行、実現目指しているのは何もアメリカの会社だけではなく、日本にも数社あり、このうち愛知県のベンチャーが開発を進める試験用の機体は
飛行機のような形。ロケットエンジンとジェットエンジンを組み合わせ、
すべて再使用することでコストダウン目指す。
今後沖縄の空港を拠点に無人の試験を行う計画。
日本も含め世界のベンチャーが競争しあうことで、宇宙旅行の安全性が向上するとともに、一般の人にも手が届くくらいコストダウンも進んでいくことを期待したい。

(水野 倫之 解説委員)


●取材後記
私がブランソン氏の宇宙旅行について最初に取材したのはもう何年も前、当時もその翌年に商業宇宙旅行を実現させると発表されていましたがその後重大事故が発生。事業は行き詰まるかと思いきやその後も資金は集まり開発の手も緩めず、従業員もどんどん増やして今や900人態勢に。新たな分野を開拓するんだというアメリカのベンチャーの勢いを感じます。日本から予約済みの20人の中にはごく普通の会社員の方がいるのも意外でした。キャンセルすることなくずっと待ち続けているそうです。


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